fc2ブログ

愛しいひと 1

2010.09.10 15:39|睡蓮/本編
第4章 愛しいひと


その瞬間、体の芯がカッと炎のように熱くなったことだけは覚えていた。目の前に火花が散ったようだった。
気が付くと、エッジは机に脚をかけ、目の前のセシルの胸ぐらをつかんで揺さぶっていた。
どうしてだよ、リディアに何があったって言うんだよ――。
そう喉が張り裂けそうなほど大きな声を上げて、苦しそうに顔をゆがませるセシルに当たり散らしていたような気がする。
その大声を聞きつけて駆けつけたハクや兵士に羽交い絞めにされて、ようやくエッジは我を取り戻した。はっと目を丸くするエッジの前で、机に手をつき、セシルはこほこほと激しく咳込んでいた。その背をお付きの近衛兵がさすりあげている。
――俺は、なんてことを。
思わずエッジの両手が震えた。
「す……すまねぇ、セシル……!お前の所為じゃねぇのに、俺は……!」
片手でわななく口元を覆い、エッジは床に膝をついた。
エッジはリディアの恋人でもなんでもないのに、大急ぎでこの事態を報せに駆けつけてくれたのは、ひとえにセシルの善意に他ならない。そんなセシルに自分はひどすぎる仕打ちをしてしまった。確かにもっと若いころはカッとなると見境がつかなくなることがあったが、まさかそれが今も残っているとは――。
うなだれるエッジに、セシルは若干掠れた声で、いいんだよと穏やかに言った。
「君の気持ちはよく分かるよ。僕だって、もしローザがそんなことになったら……」
そう言うが、きっとセシルならば見境なくみっともない八つ当たりなんてしないだろうとエッジは心の中で思った。
座って話そうとセシルが言ってくれたので、エッジは再びソファに腰かけた。ハクや兵士は、不安そうにその様子を見守っている。
自己嫌悪にさいなまれながらも、エッジはひたすらリディアのことを案じていた。行方不明とはどういうことだ、あいつ、何かに巻き込まれたのかよ――。
「……リディアが居なくなったのは、一昨日の夕方だったらしい」
両手を組んで暗い眼差しで、セシルは話し出した。
リディアは魔法学校の運営の件で、2日ほど前からバロン城を訪れていたらしい。昨日はローザとお茶を飲み、おしゃべりを楽しんでいたということだ。
そしてそろそろ時間だから宿に帰るねと言って夕方に城を引き上げた。常々城のゲストルームに泊まればいいと言っていたのだが、それは申し訳ないからといつもリディアは城下町に宿をとっていたのだという。
遠慮深い、リディアらしいなとエッジは思った。
だが今回はそれが災いしたらしかった。
城下町へ出たリディアは宿に戻らず、翌日城で行われる予定だった会議にも姿を見せず、そのままぷつりと消息を絶ってしまった――。
最初は誰も事件性があるなどと考えていなかった。もしかしたら急用でミストの村へ帰ってしまったのではないか程度に城の者達は考えていたようだった。そんな軽率なことを、リディアがするはずはないのに。だがそう断言できるほどリディアに親しい人間は、国王夫妻を除いてバロン城にはいなかった。
ようやくその日の午後になり報告を受けたセシルの顔は青ざめた。直ちに兵を城下町の捜索に当たらせ、ミストの村にも飛空艇を飛ばした。だがどれほど探してもリディアの行方は分からない。ミストの村にも帰っていないと言うことだった。
今日になって更に捜査網を広げバロン周辺の町や村も捜索にあたらせたが、やはり手掛かりを得ることはできなかった。犯行声明も、身代金を要求する文書も届いていない。本当に、リディアは煙のようにその姿を消してしまっていた。
そんなころ、焦燥の色を浮かべるセシルに、暗い顔をしてローザが言ったのだという。エッジにも報せてあげたほうがいいんじゃないかしら――と。
その言葉を聞いて、エッジは目を閉じた。ありがとよローザと、心の中で深く感謝する。そして山積みであろう公務を放り出して、直々に駆けつけてくれたこの友人に、エッジは深く頭を垂れた。
そんなエッジに、セシルは、そんなことしないでくれよと悲しげな顔をした。
「元はと言えば、僕の城下町で起きた事件なんだ。僕の責任なんだよ」
そして深いため息をついた。
「しかし本当に、リディアは一体どこに行ってしまったんだろう……」
よく見ると、その眼もとにはうっすらとクマが浮かんでいた。セシルもまた、身を細らせる思いで、リディアを案じているのだ。
「それにリディアほどの魔法の使い手が、そう簡単にさらわれるはずはないと思うんだけど」
「まあ……そうだよな」
しかしだからと言って、リディアが自らその身を隠したとは考えにくい。やはり第3者に連れ去られてしまったと考えるのが妥当だと思われた。
――リディア。
エッジは強く両の拳を握り、身をかがめて自分の額に押し付けた。
お前は今頃一体どこにいるのだろう。冷たく暗い部屋で、ひとりぼっちで膝を抱えて泣いていないだろうか。セシルやローザ、俺の名を震える声で呼んでいないだろうか。お腹を空かせていないだろうか。怪我はしていないだろうか。
いや、それならばまだいい。
――どうか、生きていてくれ。
お前が生きてくれさえいてくれれば、俺はもうなにも要らない。
襲いかかる不安で、胸がつぶれるようだった。
唇をかみしめるエッジに、セシルは穏やかな中に決意を秘めた声で呼びかけた。
「エッジ……きっと、リディアは僕たちが見つけ出してみせる。何としてでも」
「ああ……頼んだぜ」
そうとしか言えない自分の無力さに腹が立って仕方がなかった。だが、国を放り出してバロンへ行くわけにもいかない。エッジは猛る自分の心を必死に押しとどめた。
心ばかりの土産をセシルに持たせ、エッジは大きな飛空艇を見送った。藍色の夜空に、空飛ぶ船は飲み込まれてしまった。
今日の夜空はどうにも暗いなと思ったら、新月だった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

Comment

非公開コメント

| 2024.03 |
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31 - - - - - -
プロフィール

みずたま

Author:みずたま
1980年代生まれ。
aiko、spitz、ケーキ、お買いもの、野球(中日!!)、そしてFF4のエッジとリディアをこよなく愛しています☆
7歳と4歳の娘に振り回される日々を過ごしていますー。

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

FC2カウンター

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR

ページトップへ