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きみは僕の太陽だ。

2013.08.31 19:52|FF4 中編①
リクエストSSになります!
「考え中です」様、ありがとうございました☆







きみは僕の太陽だ。







すんなりと伸びる、しなやかなこの脚。
長い睫が縁どる大きな瞳は愛くるしいことこの上ない。
高くのびやかな声には皆を笑顔にしてしまう魔法が宿っている。
――いやいや全く、我ながら自分自身があまりに魅力的すぎてそら恐ろしくなってしまうほどだ。
しかし一番のチャームポイントは、何と言ってもふわふわのアレだろう。
オレは手入れの終わったソレを目の前にかざし、陽にすかしてうっとりと眺めた。
……ああ、今日も艶が最高だ。
だれが何と言おうと、これがオレのトレードマークだ。気持ちがいいんだと、ここにはあの子がいつも顔をうずめてくれていた。いいや、それだけじゃない。あふれる涙だって受け止めて来たんだ。
オレ自慢のたんぽぽ色をした――この、綿毛のような羽根で。







オレがあの子と出会ったのは、あの子がまだ6歳の頃だった。
自分でやったことだと言うのに、ぽあかんと口を開けてオレを見上げていた。あまりにあけっぴろげな、無防備すぎるあの顔を忘れることなどできるはずもない。なにしろオレだって同じくらいに衝撃的だったんだ。何十年かぶりに、オレのなかで史上最低年齢を更新した瞬間だったのだから。
……まさかこんな小さな女の子が、このオレを呼び出したのか?
オレは信じられない思いで、まじまじとその子を見つめた。こんなに至近距離から見つめちゃこの子が怖がっちまうだろうとか、そんな当たり前の配慮すらも忘れていた。
まあしかし、結果的にそんな配慮は必要なかったのだ。あの子はそんなことに物怖じする子じゃあなかった。つと手を伸ばすと、大きなオレの顔にそっと触れてきたのだ。
ぎょっと目を剥くオレに、あの子は嬉しそうに口元をほころばせた。
「……うわあ、ほんものだあっ」
きれいに澄んだ声だった。まるで、鈴の音のようだと思った。
この声が、オレを呼んだのか――。
戸惑うオレを改めて見上げると、あの子はにっこりと笑った。
「あのね、わたしの名前はリディアっていうの!あなたのお名前は?」
……名前?
リディアというらしいその子に訊ねられて、オレは困ってしまった。
だってこのオレに名前などないからだ。少なくとも今までのご主人たちは、オレに名前をつけようだなんて考えは持っちゃいなかった。そして、それで不都合なことは何ひとつとしてなかったから、今まで一度だって名前を欲しいなんて思ったことなどなかったのだけれど。
名前か――。
困ったまま佇むしかないオレに事情を察したのか、リディアは小首を傾げた。
「お名前……ないの?」
そのとおりだと、こくりと頷く。するとあの子はぱあっと顔を輝かせた。
「そうなの!?じゃあね、じゃあね、わたしがお名前つけてあげるねっ!」
な――なんでそうなるんだ!?
6歳児の思考回路にオレは度肝を抜かれてしまった。そして同時に恐ろしくなった。果たしてオレは、一体どんな名前をつけられてしまうんだ!?
しかしすでに契約は成立してしまっている。どうやら今回のご主人はオレの肌には合わないから――なんて手前勝手な理由でドロンできるはずもなかった。
今のオレにできるのは、たらたらたらと心にいっぱい冷汗をかきながら審判が下る時を待つことだけである。ああ神様、どうかどうか、ものすごく少女趣味な名前だけはつけられませんように……。
すると「思いついた!」とご主人がぱちんと手を打ち、オレはぎゅっと目をつむった。
「あのね、ポポっていうのはどうかな!ポポ!」
……どうやらオレの願いは天には届かなかったらしい。
「可愛いよね!あなたにぴったりだよ!」
ぴ、ぴったりか?本当にぴったりなのか?そもそもオレは男なんだけど――。
けれど反論の余地などあるはずない。「わぁいポポ!」とご主人は細い腕を大きく広げると、勢いよくオレの首っ玉にしがみついてきた。
「わあ、いい匂い!ポポは、お日様の匂いがするね!」
容赦なくくんくんと顔をうずめてくるものだから、オレはくすぐったくて仕方がない。たまらなくて体をよじると、わあわあとリディアは一層嬉しそうな声をあげる。もはやちょっとした遊具状態だ。
ああもう、頼むから背中に乗ってくれよ!
あきらめて膝を折ると、その意味が通じたらしくリディアはぴょこんとオレの背に飛び乗ってきた。そのからだは思った以上に軽かった。こちらも最軽量記録更新だ。
どうやら今回のご主人は、信じられないくらいにか弱い存在らしい。
「ポポ、わたしのお友達」
改めてオレの首に抱きつくリディア。首をよじって背を振り返ると、やわらかなエメラルドの髪がオレの嘴をくすぐった。
「これからずっとずっと、よろしくね」
かわいいポポ。
わたしだけの、大事なチョコボ――。


それが、このオレ――幻獣チョコボと、当世最高の召喚士リディアとの出会いだった。








「ねえ、ほんとひどいよね、エッジたら……。ポポもあんまりだと思わない?いっつもわたしのことからかってばっかりなんだよ。そんなにわたしって、子どもっぽいのかなあ……」
そして続く、小さなため息。やれやれ、どうやら今日のご主人様は凹みモードらしい。今度は一体どんなケンカをしでかしたんだか。しゅんとして丸くなる細い背中を励ますように翼でぽんぽんと叩くと、大きなエメラルドの瞳がうるっと潤んだ。
「ポポは優しいのね。あーあ、エッジにポポの爪の垢を煎じて飲ませてやりたいよ~~」
途端にぐすぐすと鼻を鳴らすご主人に、オレもこっそりため息だ。あーあ、一体いつからオレは愚痴受け止め係になったんだろうなあ……。嘆きたくなって仰いだ空は、目にしみるほどの青色に染まっていた。いまオレたちの座る草原の彼方には、クジラのような魔導船のシルエットが滲んでいる。
これでもご主人の小さいときは、我ながらナイトさながらの活躍だったのだ。森で迷ってしまったご主人に襲いかかる魔物どもを自慢のこの脚で蹴散らしてきたのは、それほど遠くない過去の出来事のはずなのだけれど。
しかし悲しいけれど、これも仕方がない変化なのだ。あっという間に子どもでなくなってしまった今のご主人が相手取る魔物どもは、ミスト周辺に巣食う連中よりもはるかに強大な力を持っている。そいつらを蹴散らすことなんて、オレには到底無理なことだった。今のご主人が頼りにするのは、そして肩を並べて戦うことを許されるのは、オレの創造主であるバハムート様や、リヴァイアサン様くらいのものだ。
だからたとえ愚痴受け止め係だとしても、こうしてちょくちょく呼び出してもらえるんだから、オレはとてもとても幸せな幻獣なんだろう。なんだろうけれど――。
「――誰にポポ公の爪の垢を飲ませるんだってえ?」
いきなりのバックアタックに、オレの羽毛がぼわっと逆立つ。慌てて振り返ると、案の定そこに立っていたのは銀髪の細身の男だった。忍者であるこの男は、職業柄かやけに人の背後ばかりとりたがるから始末が悪い。
「エ……エッジ」
その男の姿を認めた途端、ご主人の肌がかあっと赤く染まったのが分かった。心拍数も一気に駆け足になる。どきどき、どきどきというご主人の鼓動が、幻獣と召喚主の絆を通して、オレの胸に否応なしに伝わってくる。
そしてエッジとか言う男の顔も、うるんだご主人の眼差しに一気に歪んだ。うわしまった泣かせちまったんだ――いけ好かないその顔にでっかい文字が浮かび上がるのを見て、苦々しい思いが胸いっぱいに広がる。
……くそ、なんだよその顔。
泣かせたくねえんだったら、ハナからからかったりすんじゃねえよ。
オレのご主人様がそんなに大事なら、素直に大事にしとけってんだよ――。
そう叫んで思いっきり地の果てまで蹴り飛ばしてやりたいが、返り討ちに遭うのが関の山なので自重しておく。それにそんなことをしたって、ご主人を大いに悲しませるだけなのは分かっている。
嘴を食いしばるオレの横に忍者は膝を折ると、「……悪かったよ」とぼそりと呟くように言った。
「ちっとばかりからかいすぎた。俺が悪かったから、泣くな」
「……泣くな、じゃイヤ。泣かないでください、ならいいけど」
くちびるをとがらせてそう言うご主人に、忍者は軽くため息をついて頭を振った。
「わーったよ。……俺ガ悪カッタカラ、泣カナイデクダサイ。こんでいいんだろ?」
「……よし」
ひとつ頷き、ご主人がニッと笑うと、忍者は大きな手でその頭をぐりぐりと撫でた。なあ、これからはからかいすぎねえように気を付けるから、お前ももうちっと大人になれ。なあにそれ、わたしだって年齢相応に大人だもん。何言ってんだ大人はあんな風に謝罪要求なんてしねえんだよ――そう言い合う二人の横で、オレはすっかり腐って鼻から大きく息を吐いた。なあ、これを痴話喧嘩と呼ばずして、一体何と呼べばいいんだ?
そして毎回これに付き合わされているオレは、一体何なんだ。
エッジとか言う26歳のあの忍者は、間違いなくオレのご主人に惚れている。所謂ぞっこんってやつだ。あるいはすでにビョーキのレベルなのかもしれない。
そして奴はオレのご主人を事あるごとに、やれお子様だやれガキんちょだとからかってばかりいる。好きな女にちょっかい出したいだけなんだろうが、オレに言わせてもらえば、そんなことしている奴だって十分にガキんちょだ。好きなら素直にぶつかって行けよ。
そして純真すぎるオレのご主人は、ご丁寧に奴のちょっかいをいつも真に受けて、ぷりぷり怒ったり時にはしくしく泣いてみたり大忙しだ。こうやって愚痴受け止め係としてオレを呼び出すこともしばしばである。
で、呼び出すのはいいが、オレがどれほど宥めたり励ましたりしても終わることはない。ご主人がようやく笑顔になるのは、今回のように忍者が現れた時だ。あいつが一言「悪かった」だとか言うと、それだけでいっぺんにご主人は笑顔になるんだから、全く嫌になってしまう。
――本当に、オレは一体、何なんだ。
ぐっと目をつむるオレの背中に、懐かしい温もりが蘇る。
あの時――まだ6歳だったご主人を背中に乗せたとき、オレは今回のご主人は信じられないくらいか弱い存在だと思い知った。
そしてそんなご主人を、どこまでも守ろうと心に誓ったはずなのに。
オレはちらとご主人に目を向けた。オレの前ではぐすぐす鼻を鳴らしていたご主人は、今は太陽のような笑顔を浮かべている。その眩しさが、胸に刺さった。
今のオレは、ご主人の笑顔を守ることすらできていない――。
たまらなくなって気づけばオレは立ち上がっていた。
「ポ――ポポ?」
驚いたようにご主人がオレを見上げる。真ん丸の大きな瞳は出会いの時と変わらず無垢なままだ。オレにポポという名を与え、真っ直ぐに愛を注いでくれた。あの頃と何も変わっていないのに――。
オレは初めてご主人から顔を背けた。そしてご主人の止める声も振り切り、そのまま草原を全力で駆け抜けた。







いったい幻獣は、どこまでご主人から離れて生活できるのだろうか。詳しいところは知らない。ただ随分遠くまで離れてしまっても大丈夫なのだということだけは分かった。
ここは一体、どこなのだろう……。
オレはいつの間にか迷い込んでしまっていた森の中を、ぐるりと見渡した。うっそうと頭上に生い茂った常緑樹が太陽の光を独り占めしてしまっているせいで、鳥目のオレにはかなりきつい。ギャアギャアと得体の知れぬ鳴き声も聞こえてきたりで、かなり不気味だ。
どこでもいいが、もう少し明るい場所に出なければ危険だろう。この森に棲みついている魔物どもが凶悪な連中でなければいいのだが。
オレは小走りになって森の中を進んで行った。幸いこの森の瘴気は薄そうだ。これならば、たとえ魔物に出くわしたとしても、オレ程度の力でどうにかなる連中だろう。
そう考えて、自嘲した。……オレ程度、か。
やがて急に目の前が開け、降り注ぐ陽光の眩しさにオレは目を細めた。目が慣れたころ、ようやくそこには泉が湧いているのだと分かった。オレは木立を抜けて水辺まで近づくと、空の色をうつしこんだ青い水面をじっと見下ろした。
泉は澄んでいた。ゆらゆらと底の方で水草が揺れている様まで見通すことができた。きらきら輝く小魚の姿も見て取ることができる。
その様はミスト地方の泉を思わせた。そう、小さなご主人と、よくふたりでお出かけしたものだ。帰りはご主人を背中に乗せていくのだけれど、いつも疲れて眠りこんでしまうから困っていた。落としやしないかと、ひやひやしながら、大切にご主人を家まで送り届けたっけな。
楽しかったあの日々は、オレに命を与えてくれた。何よりも大切な、小さな小さなオレのご主人――。
けれどもうご主人にとってオレは不要の存在だ。所詮オレは可愛いチョコボのポポちゃんでしかない。大きな存在になってしまったご主人をお守りすることなど、できはしない。
ご主人をお守りするのは、きっとあの忍者がふさわしいに違いない。悔しいが美男美女で似合いの二人だ。
ご主人――……。
ああ、チョコボにも涙が流れたらいいのに。ぼろぼろぼろぼろと、泣き虫なご主人のように泣きまくってみれば、少しでも心が晴れるかもしれないのに。
するとゆらりと、水面に映りこんだオレの姿が大きく揺れた。大きな魚でも跳ねたのだろうか。……しかし何の水音もしない。
そうこうしているうちに、水面の揺れは更に大きくなってきた。まるで昔に見た海のように、ざばんざばんと波が打ち寄せる。ここは静かな森の泉のはずなのに。
オレは後ずさった。なにかがおかしい。――なにかが、いる。
そう思った瞬間、何かがオレの脚を捕えた。ぎょっとして見下ろしてみると、鉛色にてらてらと光る太い触手のような何かがオレの脚に巻きついていた。そいつはギリギリと締め上げてくる。ものすごい力だ。このままではへし折られてしまう!
ひるまずオレは勢いよく触手めがけて嘴を振り下ろした。けれどそれはまるでゴムのようでびくともしない。そのまま触手に噛みついてみたが、まったくちぎれそうもない。
じりじりと触手はオレを波打ち際へと引きずってゆく。このまま泉の中へ引きずりこむつもりらしい。背筋がぞっと冷たくなった。一体なんだ――この泉には、何が棲んでいるというんだ!?
オレは精一杯踏ん張りながらぎりぎりと触手を噛み続ける。するともう一本触手が泉の中から飛んでくるのが視界に入った。叩き落してやろうと反射的に右の翼を振り上げたが、そうする間もなく翼も巻き取られてしまった。
――まずい。
そう思った途端、翼が物凄い勢いで引っ張られる。バランスを崩しオレは派手に転倒した。触手はますます勢いづく。抵抗する間など与えはしない。いよいよオレは脚から水に引きずり込まれた。地面に嘴を立て抵抗するのも無駄だった。
首をよじって泉を振り返る。すると一際大きな波と共に、水中から二つの首を持つ巨大な竜が姿を現した。ヒュドラだ!しかも異様に大きい。触手かと思ったものはヒュドラのしっぽだったのか。
ヒュドラはもがくオレを見下ろすと耳障りな甲高い咆哮をあげた。まるで歓喜に打ち震えているようだ。それはそうだろう、チョコボなんてここじゃあ滅多に食えないご馳走に違いないだろうから。
勘弁してくれよと抵抗するのも虚しく、圧倒的に力に勝るヒュドラはぐいぐいとオレを水に引きずり込んでゆく。今にも脚が千切れ、翼がもげてしまいそうだ。あまりの激痛に意識がかすむ。
ああ、ご主人――!!
すると、そのとき。
「――ピギャアアアア!!!」
絶叫したのはヒュドラの方だった。そしていきなり体が楽になる。さっぱり訳が分からないまま、オレは必死でヒュドラのしっぽを振りほどくと泉の中から這いずり出た。
どうにか水面から離れると、這いつくばってぜえぜえと必死で酸素を肺に取り込む。ああ、オレは生きている。しかし一体なにがどうなったのか――。
後方を振り返ると、一本首になったヒュドラが水中で派手にのた打ち回っているのが見えた。ばしゃん、ばしゃんとそれは物凄い水しぶきをあげて。そして消えてしまった片方の首の付け根からは、真っ青な体液が物凄い勢いで吹きだしていた。
あの鮮やかな切断面は――、
「――ポポ公、無事か!」
声と共にへたりこむオレの横に、予想通りの男が降り立った。両の手にした抜身の刀からは、青い体液が滴りおちている。奴はびゅっと刀を一振りして体液を振り落とすなり、オレに鋭い一瞥をくれた。
「……ったく、このバカ野郎が」
――不覚にも、ぞくりとした。
それは今まで耳にしたことのない、低く吐き捨てるような声だった。いかなる反駁も許さない静かな怒気に、オレは気づかぬうちにぎゅっと身を縮めていた。大嫌いなこの男に助けられた上に罵倒されるなんて、屈辱以外の何物でもなかったが。
いいか――と奴はオレに向き直ると言った。
「ポポ公、お前は、自分が何をしでかしたのかわかってんのか」
……なんのことだ。
オレはたしかにご主人のもとから逃げ出したが、それがこんなにも奴の怒りを買うような振る舞いだったとは到底思えない。
チョコボでも怪訝な顔にはなれるらしい。オレの言わんとするところが分かったらしく、忍者は「リディアのことだ」と感情を押し殺した声で続けた。
「リディアとお前の関係を思い出せ。そして、お前もよく知っていることと思うが――あいつのお袋さんが一体何で亡くなっちまったのか、そのことも付きあわせて考えろ」
ご主人の、母上?
いきなり突拍子もない人物が登場し、オレの小さな頭はにわかに混乱状態に陥った。こいつは何を言っているんだ。一体なぜこのことが、ご主人の母上の死と関係するというのか――。
そこでオレははっとなった。後ろから思い切り突き飛ばされた思いだった。そしてそのまま頭から、炎の渦巻く忌まわしい光景へと突っ込んでゆく。
まだ幼かったご主人の目を通し、たしかにオレはあの事件の一部始終を目撃していた。崩れ落ちる母上。泣き叫ぶご主人。ご主人と面差しがよく似た母上の顔が、どんどんと青白くなってゆく。すがりつくご主人の小さな手を握り、か細く震える声は一刻も早く逃げなさいと最期まで訴えていた。そして声をからして泣き続けるご主人の前に現れたのは、見知らぬ二人の騎士。彼らは――彼らはあの洞窟のなかで、一体何を倒したと言っていた?
――どうして、オレはこんなにも大切なことを忘れていたんだ。
オレは幻獣。ご主人が呼び出した幻獣だ。
幻獣とそれを使役する召喚士は一心同体。
すなわちオレが殺されてしまったら、ご主人の命もこと切れてしまうということだ――。
……オレは、何てことを。
自暴自棄になった挙句、ご主人まで巻き添えにするところだったのか……。
オレは力なく目を瞑った。情けない、何と情けないことだ。オレにはご主人を守る資格なんてない。いやそれ以前に、もはやご主人をご主人と呼ぶ資格すらない。
「……分かったようだな」
奴からにじみ出る静かな怒気ももっともだ。面目の無さにオレは顔をあげることすらままならない。できることならば、許されるのならば、このままふっつりと消えて無くなってしまいたかった。
「なあお前、随分走りまわったみたいだよな。お前は一切疲れねえからさぞかし爽快だっただろうよ。でもな、本来お前が負うべきはずの疲労は、ダイレクトで術者であるリディアにかかってくるんだよ。そんなに体力もねえあいつに、だ」
その挙句殺されそうになりやがって――。
吐き捨てると、忍者は怒りに任せて地面に愛刀を突き立てた。奴の怒りはもっともだ。腸の煮えくり返る思いで、奴は必死にオレの行方を捜してくれていたのだろう。
……オレは、これからどうすれば。
もはや立ち上がる気力すらなかった。しばらく奴は、うなだれ、へたりこむばかりのオレを黙って見下ろしていたが、やがて、
「……まあ、つっても、俺が間に合ったから良かったけどよ……」
ため息交じりにそう言うと、愛刀を静かに地面から引き抜いた。
……そしてオレは、思わず誘われるように、奴の顔を見上げていた。
まさかこいつは――オレを許すとでも言うのか。
心から愛するひとを殺しかけてしまった、愚かなこのオレを?
あまりに食い入るように見つめ続けたせいだろう、奴はふいと視線を逸らすと頬のあたりを掻きながら、まるで言い訳のように続けた。
「なんだかんだ言って、あいつと一番付き合いが長いのはお前だからな。それなのに前後を忘れて突っ走っちまうなんて、何かしら相当な事情があったんだろ……。ま、チョコボの事情なんて俺には分かんねえけど」
おい立てるかポポ公、と奴は膝を折りオレの背中に手を当てた――と、そのとき。
「……っ……!!」
一つ大きく息を呑むと、いきなりどさりとオレに覆いかぶさってきた。な――なんだ一体、どうしたんだ……!?
急いで体を起こしてオレは声を失った。――うめく忍者の太ももには、がっちりとヒュドラが牙を立てていたからだ。禍々しい巨大な牙はずぶりと忍者の肉に刺さり、ひょっとしたら骨だって砕けてしまっているかもしれなかった。
オレは自分の迂闊さを心から後悔した。話に没頭していて全く気が付かなかった。おびただしい出血にも倒れることなく、ヒュドラは静かにオレたちの背後に近寄り、生き残った方の首で忍者に襲いかかったのだ。
「くそっ……油断した……!ポポ公、お前は逃げろ……!」
歯を食いしばる忍者の額に脂汗が玉となって滲む。しかし奴は激痛に苛まれながらも、オレの体を必死に森に向かって押しだそうとしていた。
おいお前、そんな場合じゃないだろう――!すると忍者は苦しい息の下でにやりと笑った。
「心配すんなって……それよりやられたのが俺で良かったぜ……」
へへ、とわずかに血の気の失せた顔で笑う。その掠れた声に、オレはぐっと嘴をかみしめた。
……まったく、何なんだよ。
どこまでもカッコつけやがって――。
その瞬間、折れかけていたオレの心に勢いよく炎が灯ったのが自分でもわかった。頼りになるがカッコつけが玉に傷なこの忍者を助けられるのは、今ここにオレしかいないのだ――。
ご主人のためにも、オレがどうにかしなければ……!
今の奴の脚よりも、オレの脚の状態の方がはるかにマシなはずだ。ためしにうめく忍者の下で動かすと鋭い痛みが走ったが、これならば渾身のキック一撃くらいはかませそうな雰囲気だ。
――そこで、いや、と思い直した。
例えこの脚が砕け散ろうとも、オレは渾身のキックをかまさなければならないのだ。
この脚一本で状況が好転するのなら、お安いものだ――!
オレは小さく頷くと、なんとか忍者の下からはい出した。その拍子にどさりと地面に落とされた格好になり、忍者は初めて押し殺した低い声を漏らした。悲痛なその声に胸がぐっと詰まったが、痛む脚を引きずりながら、オレは必死に森へ向かう。そんなオレにヒュドラの意識が向きかけたようだったが、
「おいコラヘビ公、二兎追う者は何とやらだぜ……!」
素早く忍者が下から逆手でヒュドラの喉元に小太刀を突き立て、ヒュドラから醜い悲鳴があがった。その一瞬の隙に忍者も脱出を試みる。が、深手を負ったせいでヒュドラの素早さが勝っていた。逃げようとしたところをもう一度勢いよく噛みつかれ、忍者の端正な顔が激痛に歪んだ。目を逸らしたくなるのを、必死に堪えた。
にたりと不気味に笑うヒュドラの口元からは、真っ赤な血液が次から次へと溢れだし、みるみるうちに血だまりが出来上がって行く。
……ああ、ご主人様。
がちがちと脚を震わせながら、オレは祈る。
どうか、どうか今一度だけ、こんなオレに力をください――。
ぎりぎりとヒュドラはますます深く牙を立てる。忍者はどうにか逃れようともがいているが、おびただしい出血に、最早ほとんど力が入らないようだ。
木々に紛れて、オレは体勢を低くし、ぐっと体の中心に力を込めた。幸いヒュドラは目の前の忍者を仕留めることに夢中になってオレには全く気付いちゃいない。不意打ちを食らわせるのに最適なタイミングを必死に計り――さあ、行くなら、今だ!
オレは全速力で走りだした。脚の痛みなど構うものか、一気にトップギアだ!さすがにヒュドラも迫りくるオレに気づいたらしい。忍者の太ももから口を離すと一気にこちらに向かってきたが、だが、もう遅い!
喰らえ、チョコボキーーーーック!!
渾身の蹴りは過たずヒュドラの頭部を捕えた。確かな手ごたえと共に勢いよく奴は後ろざまにひっくり返ったが、しかしオレごときの力では致命傷には至らないようだ。どうにか起きあがろうと奴はもがいている。びゅうびゅうと斬りおとされた首から再び体液が吹きだしているから、相当逆上しているらしい。
だが、それでいい。
忍者を解放できれば、それで十分なのだ。
「――よくやった、ポポ公!」
流れ落ちる鮮血もそのままに、忍者は飛び起きると疾風のようにオレの脇を駆け抜けてゆく。そしてその手元から銀色の光が走った――かと思ったら、次の瞬間にはヒュドラの大きな体が真横に真っ二つに切り裂かれていた。断末魔すらなかった。見惚れるような太刀筋だった。
ばしゃあんと派手な水しぶきとともにヒュドラは水中に倒れ込む。今度こそ間違いなく絶命したようだ。
凄腕の忍者はオレを振り返り白い歯をちらと見せると、そのままその場に崩れ落ちた。








はあ、はあと忍者は浅薄な呼吸を繰り返していた。顔色はひどく悪い。まるであの時のご主人の母上のようだと一瞬でも考えてしまい、オレは急いで頭を振ってその考えを打ち消した。……縁起でもない。
ここは森で見つけた小さな洞穴である。倒れ込んだままぴくりとも動かない忍者を何とか背に乗せ移動するのは、さすがにここまでが限界だった。その忍者はオレに小さな声で、「サンキュな」と呟いたきり、目を開くことすらない。
こめかみから汗が筋となって流れ落ちてゆく。傷から熱が出てきているのだろう。傷口は先ほどオレが忍者の外套を裂き、できる限りきつく縛り上げて応急処置を施しただけだ。そしてまだじわじわと、出血は続いているようだった。
薬草を取りに行けたらいいのだけれど、もう洞穴の外では夕闇が迫っている。鳥目のオレには危険すぎる世界が始まろうとしていた。薬草散策は明日の朝までは到底無理だ。
――どうか明日の朝まで、頑張ってくれ。
オレは祈るような思いで忍者の体をそっと包み込んだ。今のオレにできることといったら、こうして悪寒に震える体を温めてやることだけだ。
ご主人がお気に入りだと言っていたふかふかの胸元の部分に頭が来るように、忍者の体を横たえる。するとかすかに、色の失せた唇が何事かを呟いた。
「……ったかい……リディ……ア……」
――オレは必死で、忍者の体をかき抱いた。





そして、一睡もできない夜が静かに明けた。
忍者の体は燃えさかる炉のように熱いのに、ぶるぶるぶると手足はひどく震え続けている。まだ忍者は必死に戦っていた。
……がんばれ。
オレはそうっとそうっと忍者の体を横たえると、ひっぺがした外套を毛布代わりに掛け、洞穴を出た。森の中はまだ乳色の霧が漂い、木々の葉がうっすらと夜露に濡れていた。
しばらく散策するとお目当ての薬草がいくつか見つかった。すべて株ごと引っこ抜くと、嘴で咥えたまま小走りで洞穴へと駆け戻る。ああ、忍者は無事だ。ほっとした。
オレは所詮チョコボだが、これでも幻獣のはしくれだ。人間の手ほどとはいかないが、ある程度なら両の翼で色々なことができる。すなわち薬草をすり潰し、薬液を作るくらいの芸当はできるわけだ。
薬液を葉の上に絞り、こぼさないようにそっとそっと忍者の口元まで運ぶ。うなされ続ける忍者の口元をつんつんと嘴でつつくとうっすらと唇が開いたので、そこにそっと薬液を流し込んだ。そのとたんに忍者の顔が歪んだので、吐きだしたりしないように慌てて顎を押さえる。するとそのうち喉仏がゆっくりと上下したので、どうにかこうにか忍者は飲みこんでくれたようだった。
今忍者に飲ませたものは、解熱鎮痛作用のある薬草だ。続いて回復力を高める薬草も飲ませる。そして最後に、殺菌作用や抗炎症作用のある薬草の汁に浸した布を創部にあてがった。ざっくりと割れた傷口は真っ赤に腫れあがり、奥からはまだじわじわと血液や体液が滲んできていた。
そうこうしているうちに、気づけば既に太陽は中天に昇っていた。忍者の意識は相変わらず朦朧としている。ひとまず悪化はしていなさそうだが、しかし、改善している様子も見受けられない。時折身をよじり、苦しげにうめくような声をあげるばかりだ。
いまだかつて見たこともない忍者の姿に、改めてオレは呆然となった。
一体オレは、どうしたらいいのだろう……。
いやもちろん、さっさとご主人のもとに送り届けるのが最善なのだと分かっている。が、それができたらどんなにいいだろう。今のオレの脚は自分の体重を支えるのがやっとの状態だ。背中に忍者を乗せ、そのうえ長距離を移動するのはどう考えても無理そうだ。気合でどうこうできる問題ではなかった。忍者の容体もある。
そうなるともう、ご主人たちが迎えに来てくれるのを待つしかないのだろうか。なんだかそちらも望み薄な気もするが。
次の行動を決めあぐねたまま、オレは再び忍者への薬作りに取り掛かった。
どうか良くなってくれと祈りを込めながら、薬草を潰してゆく。こんなところで、そして愚かなオレのせいで、くたばったりしないでくれ。あんたはどうしてもご主人に必要な人間なんだ。このちっぽけな命をあんたに差しだすことができたら、どんなにかいいだろう――。
そして3度目の薬を投与したときには、忍者の呼吸が幾分しっかりしたものに変わってきているように思えた。ほとんどおまじないのようなものかと思っていたが、意外と効いているのかもしれない。オレは大きく胸をなでおろした。
早いもので、外はもう夜の帳が下りようとしていた。この洞穴で迎える二度目の夜だ。オレは闇の中で忍者を抱きかかえ、丸くなった。忍者の胸は規則正しく、すう、すうと上下している。
力強いその鼓動を感じながら、オレはご主人に思いを巡らせた。きっと今頃、行方の知れないオレや忍者のことを心配しているに違いない。この忍者がご主人に何も告げぬままどこかへ行ってしまうなんていうことは、前代未聞の出来事なはずだから……。
――泣いていなければいいけれど。
そう祈りながら、オレは静かにまぶたを閉じた。









いきなり額に鋭い衝撃を受け、オレの安眠は乱暴にぶった切られた。
一体何事かと見開いた目の前にあったものは、「でこぴん」の構えを取る忍者の手だ。
――は。
うまく事態を飲みこめぬオレの耳に届いたものは、
「……よう、ポポ公」
まだ弱々しいが、それでもはっきりとした忍者の声だった。


忍者はオレの横で、洞穴の壁を背に、両の脚を伸ばしたまま座り込んでいた。曰く、「チョコボ臭さが耐えられなかったから逃げ出した」んだそうだ。全く失礼な奴である。
しかし口こそ達者だが、顔色はお世辞にも良いとは言えない状態だ。こうして軽口を叩いただけで、はあ、はあとわずかに肩を上下させている。
「……お前が、助けてくれたのか」
こくりとオレが頷くと、忍者はわずかに苦しい息の下で口元をほころばせた。
「なんだ、これでチャラになっちまったな……」
つまり忍者がオレを助けてくれたことは、オレが忍者の看病を続けたことでチャラになったと言っているらしい。だが忍者がケガを負ったのはそもそもオレのせいであるからチャラになるわけがないのだが、そこがこの忍者の分かりにくい優しさなのだろう。オレは素直に頷いておいた。
「俺――どのくらい寝てた?」
オレはそのあたりの棒切れを二本並べた。二日か、と忍者は大きく息をついた。
「ヒュドラごときに、なっさけねえな……」
ごとき、か。オレにはとんでもない強敵だったのだが、今の忍者やご主人にとっては取るに足らぬ小物ということらしかった。ちくりと走る胸の痛みに俯いていると、
「リディア……どうしてっかな……」
忍者がわずかに首を傾けて、オレを覗き込んできた。なぜそんなことをオレに聞くんだろう。オレも首を傾げ返すと、
「なんかこう、テレパシーみたいなやつで分かんねえの?」
分かるもんか!オレが大きく首を左右に振ると、忍者はがっかりした様子を見せた。
「なんだ……そんなもんなのか。不便だな」
ふぅと天井に向かって息を吐くと、忍者はそのまま瞼を閉じた。きっと、ご主人のことを考えているのだろう。また泣いてねえかなとぽつりと零した言葉で、オレの推測が正解だったことを知った。
寝ても覚めても思うのはご主人のこと、か――。
どうやら間違いなく、忍者の思いは本物らしい。
「早く帰んねえとな……」
目を閉じたまま、忍者が呟く。オレもぜひそうしたいところだが、しかし、どうやって。
だが忍者は何も答えず、しばらくの間黙りこくっていた。はあ、はあという低く荒い吐息だけがこの薄暗い洞穴に響く。
やがてうっすらと目を開くと、忍者はすぅと右腕を挙げ、何かを指差した。
「――あれ、取って来てくれねえかな」
それは少し太目な木の枝だった。移動時の杖にする――には短すぎるようだ。
要領を得ないまま、オレは何とか立ち上がると、嘴でその枝を拾い上げ、忍者に手渡した。
サンキュ、と受け取った忍者は、オレに自分の前に座るように促した。そして、痛めている方の脚を出せと言う。
――なるほど。
オレはようやく合点がいった。
どうやら忍者は、この枝を痛めているオレの脚の添え木にしようと考えているらしい。
「俺よりお前の脚の方が、まだ使い物になりそうだからな……」
そう言いながら忍者は自分の外套をびりりと勢いよく裂くと、痛めた脚に枝を添え、その上からぐるぐると頑丈に巻き始めた。忍者だけあってその手つきは素早く、かつとても正確だ。
すっかり処置を終えると、忍者はまた壁に背を預け、まるでたったいままで長時間潜水していたかのように何度も深呼吸を繰り返した。ちらと負傷した方の脚に目をやると、健側と比べ2倍ほどに膨れ上がっているのが分かった。意識はどうにか戻ったが、それはこの忍者の並外れて強靭な精神力の賜物に他ならないのだ。忍者の容体は、まだ予断を許さない。
一刻も早く、仲間のもとに連れて帰らねば……。
オレは試しに立ち上がってみた。確かに脚は痛むが、処置前よりも随分とマシになっていた。これならば忍者を運ぶことは可能そうだ。
するとその忍者が立ち上がったオレを見て、小さく笑った。そして洞窟の入り口に向かって、尖った顎をしゃくる。――まるで、「行けよ」と言うように。
……そんな、ばかな。
オレが立ち尽くしていると、忍者は眉をしかめた。
「何やってんだよ……早く行けよ」
やっぱりだ!忍者はオレだけをご主人のもとに還し、自分はここに残るつもりだ。共倒れになるわけにはいかねえだろ、と疲れたのか再び瞑目してしまった忍者がぽつりと呟く。
「悔しいが今の俺は、間違いなくお前の足手まといだ。帰り道、途中魔物にでも襲われたらどうすんだよ……。お前ひとりなら切り抜けられる局面でも、俺が居たらダメかもしんねえだろ」
諭すような忍者の声に、オレは目を伏せたまま、ぐっと嘴をかみしめた。たしかに――たしかに、忍者の言うことが正論なのだ。忍者を残し、一刻も早くご主人のもとへと戻り、そしてここにご主人の仲間と共に助けに来る。きっとそれが最善の策なのだろう。分かってはいるが――。
視線を上げ、オレは割り切れない思いで、肩を上下させて荒い呼吸を繰り返す忍者を見た。顔は青白く、汗ばんだ額に短い前髪が張り付いている。血の気の失せた荒れた唇で、必死に燃えさかる体内に酸素を取り込んでいる。いつまた意識を失うか分からない――いや、オレがこの場を立ち去ったら、忍者は次の瞬間、間違いなく意識を失ってしまうだろう。いま忍者はオレを通じて、大切なご主人を守っているのだ。オレが安全な場所へと移動したと分かったら、必死につなぎとめていた意識を容易に手放してしまうに違いない。
オレは……オレは、どうすべきなんだ。
オレの命は、すなわちご主人の命でもある。オレ自身を守るため、つまりはご主人を守るためには、忍者をここに残し、ご主人のもとへと助けを求めに走るべきなのだろう。
けれどその間も忍者の命がこの世に在ると言う保証は、どこにもない。
もし置き去りにした忍者がこと切れてしまったら。――きっとご主人の心は、散り散りに引き裂かれてしまうに違いない。大切な人を置き去りにしたこのオレを、そしてその使役主である自分自身を、命つづく限り、憎く、呪いつづけるに違いない。
……太陽のようなご主人に、そんなことなど。
オレはゆるく首を振ると、静かに忍者の前に膝を折った。すぐさま気配を察して目を開けた忍者は、苛立ちを隠そうともしなかった。
「な……にやってんだ、さっさと行けっつってんだろうが……っ!俺を残して行けえねえとか、甘ったれたこと言ってんじゃねえ!俺なんかよりも、自分の安全を優先しろ!お前にもしものことがあったら……っ!」
そこまで言うと、忍者は勢いよく咳込んだ。身を二つに折り苦しげに喘いでいる。ひゅー、ひゅーと忍者の喉が細く鳴っている。
思わず苦しげに咳込み続けるその背に翼を伸ばしたが、力ない手で叩き落されてしまった。
「っそ……なっさけねえ……ちくしょう……っ」
固く冷たい岩の地面に額をこすり付け、今にも絶えそうな苦しい息の下で忍者が呻く。
「なあ、頼むから早く行ってくれよ……!これ以上……言わせんな……!」
こめかみから伝った汗の雫が、ぽたぽたと岩肌に水玉模様を作りあげてゆく。まさしく血を吐くような忍者の懇願を、しかし、オレは聞き入れることができなかった。
――それはオレが、ご主人の分身だからだ。
どうして己の保身のために、息も絶えそうな大切なひとを見捨てることができるだろう。
オレが身をすりよせると、うずくまったまま忍者は「……馬鹿野郎」と掠れた声で呟いた。
「どうあっても……行くつもりはねえんだな……」
オレがこくりと頷くと、忍者は諦めたようにひとつ大きな息を吐き、のろのろとオレの背中に覆いかぶさってきた。途端に一気に熱くなった背中に若干慄いたが、だがこの背中が熱いうちは、大丈夫なのだ。
オレは歯を食いしばって立ち上がる。痛めた脚に一瞬激痛が走ったが、どうにか立ち上がってしまえばどうにか歩けないこともなさそうだった。きっと忍者の作ってくれた添え木のおかげだろう。
忍者は弱々しい力で、オレの首に腕を回してきた。
「……ったく……お前もリディアも、究極の馬鹿野郎だ……」
うわ言のようなその声に、何言ってるんだとオレは小さく笑った。
――だってそれはお互い様だろう、エッジ?
洞窟の外に脚を踏み出すと、朝霧が陽光にゆっくりと薄らいでゆくところだった。







森を抜け、忍者を乗せてオレは草原をゆく。忍者は馬鹿野郎発言以来、黙り込んだままだ。再び気を失ってしまったのかもしれない。しかしその両腕は、ゆるいがしっかりとオレの首に回されている。まだ、大丈夫だ。
奇跡的に今まで魔物に出くわすことはなかった。オレが強運なのかはたまた忍者の人徳によるものなのか。どちらでも構わないが、それは本当に助かった。ここらにはこびる魔物たちならばさほど強敵ではないだろうが、いまオレは手負いの忍者を救急搬送中だ。先ほど忍者に言われた通り、無事に切り抜けられる自信は皆無だった。
しかし、もっとオレに力があったならと恨めしく思うことは、もうない。
オレは幻獣チョコボだ。そしてご主人は、バハムート様にも認められた稀代の召喚士リディアなのだ。それを誇りとし、オレは与えられた力の中で、できることを精一杯やるだけだ。
もうご主人をお守りできなくとも、必要とされたその時に、しっかりと支えることができればそれでいいのだと、ようやく気付くことができた。
オレがご主人と手に手をとりあって走ることのできる時期は、とうの昔に過ぎ去っていた。ご主人が手をつないでいる――いや、手をつなごうとしている相手は、きっと今オレの背中に乗っかっている男に違いない。そしてオレは少し離れたところから、ひとりで走り続けるご主人がうっかり転んでしまわぬよう、その背中をそっとそっと見守っていよう。
そう思うと、胸をすぅと爽やかな風が吹いて行った。そこにわずかに滲んだ寂しさは、ぬぐい様がないけれど。
力強く茂ったぺんぺん草のなかを、オレは小走りに抜けてゆく。このままうまくいけば、午後にはご主人のもとへたどり着けるだろう。――とその時、オレは彼方の空にぽつんと浮かぶ黒い物体を見た。
まさか魔物かと一瞬身構えたが、しかしそれにしてはやけに大きいなと首をひねったところで、すぐにその正体に思い当たった。
――間違いない、あれは魔導船だ!
魔導船は物凄いスピードでぐんぐんと近づいてくる。本当ならば翼を思い切り振りたいところだが、生憎忍者が背中にいるので不可能だ。どうかちっぽけなオレに気づいてくれるといいのだが――。
しかしそんな心配は無用だった。一面緑色の草原の中で、立ち尽くすオレの黄色は目立ったようだ。魔導船は一気に高度を下げると、なめらかに着陸態勢に入った。
ゆっくりと魔導船が高度を下げるにつれ、草原に広がる波紋が大きくなる。そして完全にその風が止んでしまうと、かすかな機械音と共にゆっくりタラップが下りてきた。待ちきれずに駆け寄ると、ちょうどタラップが接地し、出入り口の自動ドアが開いたところだった。
「――ポポっ!!」
――まず一番に響いた声に、ずっと張りつめていた緊張が一気にほぐれたのを感じた。ああ、この声をどれほど待ちわびたことだろう!ちっぽけなこの胸が大きく震えた。
まさしく転げ落ちるほどの勢いでご主人はタラップを駆け下りてくる。ポポ、ポポと叫んでいる。その大きな目に浮かんだ涙は、オレの胸をがつんと打った。ああ、やっぱり、オレのせいで。オレなんかのために――。
そう思うと凍り付いたように足がすくんでしまったが、ご主人は構うことなく大きく腕を広げてオレに飛びついてきた。
「ポポっ!!」
そう、文字通り飛びついてきたものだから、受け止めきれずオレはたまらずたたらを踏んでしまう。脚を痛めていたせいもあるが、改めて、ご主人の成長を実感した。出会いの頃の見るからにかよわかった少女は、こんなにも逞しく大きくなっていた。
ご主人はオレの首元に顔をうずめ、声を殺して泣き始めた。
「ポポ、無事でよかった……!わたし、どんなに心配したか……!」
ああ、ご主人、泣かないでくれ。震える細い肩に羽を伸ばしかけて――ようやくオレは背中の重要な存在を思い出した。
そうだった!何よりもまず、ご主人にこの男の無事を報せなければ!
オレは急いでクエクエと鳴いてご主人の注意をひくと、嘴で自分の背中を指し示した。真正面からしか見ていなかったので、背中の存在に気づいていなかったらしい。
「なあに、ポポ……」
何気なくご主人はひょいと首を伸ばし――そして、声を失った。みるみるうちに濡れた頬がひきつり、色あせてゆく。
オレはゆっくりと膝を折り、ご主人の前にうずくまった。ぶるぶると大きく体を震わせ、ご主人はオレを――いや、忍者だけを見つめていた。まるで糸が切れた操り人形のようにぺしゃりとその場に座り込むと、忍者のもとへとにじり寄り、震える指先で、なおも眠り続ける忍者の血の気の失せた頬にそっと触れた。強張った大きな瞳からは、涙だけがぼろぼろ、ぼろぼろと零れていた。
「……エ……」
ようやくかすれた声が、わななく口元から漏れた。そしてしゃくりあげるように一つ大きく息を吸い込むと、
「――エッジ!!!」
胸が張り裂けるような悲鳴が、草原に響いた。







オレの横で、ご主人は黙り込んだまま、忍者の手を握りしめている。桃色が失せるほどに強く唇をかみしめ、こんこんと眠り続ける忍者の顔だけを見つめている。こんなにも険しいご主人の横顔は、今まで一度だって目にしたことはなかった。
「……あとはエッジの体力次第ね」
そう言ったのは忍者の患部の処置を終えたローザ殿だ。こちらも疲労の色が濃かった。慌ただしく魔導船のこの一室に忍者を運び込んでから、彼女は回復魔法と白魔道師としての知識を駆使し、息つく間もなく治療にあたってくれていた。
体力次第と言うローザ殿の言葉に、ご主人の眉間の皺が一層深くなる。けれど、ご主人が口を開くことはなかった。ただこくんと小さく頷いただけだ。
そんなご主人の細い肩にそっと手を置くと、ローザ殿は「少し休憩してくるわね」と静かに部屋を出て行った。リディアも一緒に、と勧めることはしなかった。今のご主人が梃子でも動かないのは誰の目にも明らかだ。それに片時も離れたくないと言うご主人の気持ちは、同じ女性のローザ殿にはよく分かるのだろう。
ローザ殿の足音が遠ざかってゆくと、部屋は再び静寂に包まれた。規則的な忍者の呼吸の音が聞こえるだけだ。ローザ殿の治療にもかかわらず、忍者が昏睡状態から目覚める気配はまだない。今朝はオレの薬草程度で目を覚ましてくれたというのに、やはり状態が悪化していたのだろうか。
オレには、思いつめたご主人の横顔を見つめることしかできない。
そこで、――いや、と考え直した。そもそも、オレなどこの場に居るべきではないんじゃないかと今更ながらに気づいたからだ。だって、すべての元凶はこのオレなのだ。オレのせいで、忍者がこんな深手を負い、ご主人が苦しんでいるのだ。オレがそばにいることで、余計にご主人が苦しんでしまうかもしれない――。
するとその時気配が伝わったのか、ご主人がつとこちらに顔を向けた。
「……ポポは、ここに居て」
……どうして。
色々な疑問が混ざった「どうして」だったが、ご主人はそっと目を伏せると、再び視線を忍者に戻した。
「ポポのせいじゃないよ。そんなふうに、だれも思ってない。思いたくない……。だからいつもみたいに、そばに居て」
声が震えたと思ったら、握りしめた忍者の手のひらに、ぽつりとご主人の涙がこぼれて落ちる。その拍子にぴくりと忍者の眉が動いたが、目を覚ます様子はなかった。
ご主人は慌てた様子で浮かんだ涙を指先で払うと、オレに向かってにっこりと笑った。
「ポポ、エッジを連れてきてくれて、ありがとうね」
そして泣き笑いの顔のまま、大丈夫だよと続ける。
「絶対にエッジは大丈夫と思う。またすぐに元気になってくれるよね。ローザもいっぱい治療してくれたもの。元気にならなかったら、わたし、エッジを許してあげないんだから」
そう言って笑う目じりからまた一つ零れ落ちる新たな涙に、小さなオレの胸が、ぎゅっと締め付けられる。
強がりと言うことは分かっている。オレを励まそうと、頑張ってくれているのだとことも。けれどそんなご主人に、どうか無理をするな、不安なら泣いたっていいのに――そう言うことはできなかった。そう言てしまったら、自分を奮い立たせているご主人の心を、ぽきりと手折ってしまいそうな気がしたから。
ご主人はオレにそばに居てほしいと言った。それがご主人の願いならば、それがご主人の力になるのならば、オレは何も言わず、ただご主人に寄り添っているだけだ。
オレが頷くと、ご主人は微笑んで小さな声でありがとうと言った。そして忍者の手のひらを両手で包みこむと、「わたしね」と続けた。
「わたし……今回のことで、ようやく気付いたんだ」
――何に?
首を傾げて促すオレを見ると、なんだか少し恥ずかしそうにご主人は笑った。その笑顔は雲間から差し込んだ陽光のように眩しくて、オレは目を細めずにはいられなかった。
「自分の、ほんとの気持ち」
そして自分の胸のあたりに手を置いて、ご主人はまぶたを閉じる。うっすらとばら色に染まった頬が、とても可憐だった。
「わたし、分かったんだ……。初めてエッジが居なくなって、ようやくわかったの。わたしのなかで、エッジは特別なんだって。ポポとも、セシルやカインやローザとも違う、特別な存在だったんだって。きっともう、ずっと――ずっと前から。――だから」
ご主人はぎゅっと、忍者の手を包みこむ自分の手のひらに力を込めた。
「だから絶対、――絶対、元気になってほしいんだ。だってわたし、ようやく分かったんだもん……!わたし、エッジのことがこんなにも……って……」
そこでつと言葉を切ると、ご主人は自分の手元に目をやり、そしてみるみるうちに青ざめた。ただならぬ様子に手元を覗き込むと、ちいさなご主人の手のなかで、忍者の手がぴくぴくと痙攣していたのでオレは目を瞠った。
――まさか。
「ど、どうしよう……エッジ、どうしちゃったんだろう!ポポ、急いでローザを呼んできてっ!」
これはそうした方がよさそうだ!オレはこくりと頷くと、急いでドアに向かった。――すると。
「あ――おい、ちょい待ち!」
……耳慣れた制止の声は、オレの脚をぴたりと止めた。
――まさか。二度目のまさかだが、……まさか。
「え、な、なに?エッジ……?」
背後ではご主人のおろおろとうろたえる気配が伝わってくる。それはそうだろう、痙攣し始めたと思っていた昏睡患者が、いきなり疑いようもないほど元気な声を発したのだから。
――確かに、おかしいとは思っていたのだ。いくら重篤な状態とはいっても、オレの薬草治療程度で目を覚ました人間が、どうして白魔法のエキスパートの治療で目をさまさないのだろう、と……。
ぎぎぎ、とオレが首をねじって振り返るのと、奴がベッドの上に身を起こすのはほぼ同時だった。
「……よう」
何やら照れ臭そうに挨拶する忍者だが、ご主人は驚きのあまり口元を押さえて目を白黒させたままだ。なんで、どうして、いったいいつから――今のご主人の頭は、そんな言葉たちに占拠されてしまっているに違いない。
オレはため息をついた。それはもう、深々と。忍者は顔をあげてオレを見ると、バツが悪そうに顎のあたりに手をやりつつ、
「いや、まあ……なんつーか。ちょっと、腕がかゆくなっちまってさ。それがしつこい痒みでさ、もう限界ってとこになっちゃって、つい……」
ははは、と誤魔化し笑いをする奴の乾いた声が、この静かな部屋に響いた。
……なにが、「つい」だ。
オレは無言のまま、ぺたぺたと奴に詰め寄る。ちなみにオレの身長は190cmを超える。見下ろすとさすがに少しは威圧感があるらしく、奴は若干ひきつった顔でオレを見上げた。
「な……なんだよ、ポポ公?」
なんだよも何も、あるかっ!
オレはがばりと大口を開くと、頭上から奴の頭をくわえこんだ。まったく、こいつめ、こいつめ!ご主人やオレが本気で心配していたと言うのに!
張本人はオレの嘴に手をかけ、なにやら口の中でぎゃーぎゃー喚いている。やれチョコボ臭いだとか俺なんか食っても美味くないだとか、全く以て元気なようである。
「ポポ、もういいよ!もう離してあげてっ!」
ようやくフリーズ状態から戻ったらしいご主人が制止に入ったので、渋々オレは奴を解放してやった。まだ正直噛みつき足りなかったが、ご主人がそう言うのだから仕方がない。ベッドの上でげほごほと咳込んでいる奴を尻目に、オレは澄ました顔をして、ご主人の横に座り込んだ。
「な、なんつー攻撃……痛えうえに臭いって……」
まだそんなことを言うのか!
オレがもう一度口を開けると、「わあ、ポポ、だめよっ!」と慌ててご主人が首っ玉にしがみついてきた。
「ポポ、ありがとう。わたしのために怒ってくれてるんだよね?いいよ、もう、十分だから」
ああ、ご主人はなんて優しいんだろう。まったく、この忍者にはもったいないくらいだ。
ご主人はオレをなだめると、ベッドの上で縮こまっている奴に向き合った。だが直接対峙してやはり落ち着き払っていられるわけもなく、みるみるうちに頬が赤くなり、不貞腐れたように唇をとがらせ、上目づかいにじぃっと忍者を見つめてから、ぽつりと呟いた。
「……いつから、起きてたの」
う、と忍者の口が歪む。
「い……いや、その……」
なにやらもごもご口の中で言っていたが、ようやく「お前の涙が手に当たったころから」と白状した。
「そ――そんなころからっ!?」
「い、いや、その時はまだぼーっとしてたんだよ!ああまたリディアが泣いてんのかな、起きなくちゃなって!」
だがすぐには体がだるくて起きられなかったのだと言う。まあそれもあるだろうが、きっとご主人がしっかりと手を握ってくれていたものだから気分が良くて、ずるずるとタヌキ寝入りを決め込んでしまったという部分も大きいはずだと、オレは踏んだ。
「でもタイミング見て早めに起きようとは思ったんだって!思ったんだけどよ、なんつーか、話の流れ的に目を開けるタイミングを逸したと言うか……」
「……流れ的って……」
今やご主人の顔は完熟トマト状態だ。
「……もしかして、ぜんぶ聞いてたの」
掠れたご主人の問いかけに、目を逸らしながらも忍者が頷くのを見て、いよいよ耳たぶまで完全に赤くなる。しんじらんない、と半泣きの声で呟くと、いきなり手近にあったクッションを忍者目がけて投げつけた。
「うおっ!?」
「しんじらんない、しんじらんない!エッジのばかっ!盗み聞きなんて最っ低!」
更にもう一つクッションを手にすると、ベッドに身まで乗り出してぼすぼすと忍者を叩きまくる始末だ。相当逆上しているらしい。そして突然のこの事態に忍者は防戦一方を強いられている。まさか反撃するわけにもいかないし。
「なあ待てって!暴力反対!そもそも俺、一応病人なんだけど!」
「いいもん!こうやって、記憶がなくなるまで叩き続けてやるんだからー!!」
なんとご主人は忍者の記憶喪失を狙っているらしい!これにはさすがにオレもぎょっとし、忍者は遠慮会釈なしに吹きだした。ご主人の嵐のようなクッション攻撃を腕でガードしながら、その下でくっくと笑っている。
「なにそれ、記憶喪失って――お前それ、絶対無理だって!」
「無理じゃないもん!笑わないでよぅ!!」
「そう言われてもなあ」
真っ赤な顔のままでご主人は渾身のクッション攻撃だ。すると防戦一方だった忍者がそこでするりと攻勢に転じた。あっという間に片手でクッションを受け止め、もう一方の手でご主人の右腕を素早く掴みあげてしまう。
「はっ……離してっ」
「大人しくしてくれるならな」
「そ、それは――だって……」
なおももがもがと暴れ続けるご主人に忍者は小さな笑みをこぼし、それを見てオレは息を呑んだ。それは今までオレが目にした忍者の笑顔の中でも一番と言っていいほど、やわらかな笑顔だったから。
――こんなとろけるような笑顔を、ご主人に向けることができるのなら。
「……別に忘れさせる必要なんてないじゃん」
やさしく撫でるようなその声に、はっとしたようにご主人は暴れるのを止め、オレは静かに腰を浮かせた。
忍者はおとなしくなったご主人の手からクッションを取り上げると、そっとふわふわと揺れるご主人の髪に手を遣る。どくどく、どくどくというご主人の駆け足の鼓動が、オレにまで伝わってくる。オレは二人に背を向けた。
「忘れさせる必要もねえし、――それに」
きゃ、という小さな声がご主人の口から洩れた。気配で分かる、きっと忍者がご主人の手を引くなりして、胸に抱き留めたのだろう。
「……俺が忘れない。絶対一生、忘れない」
うれしかった。
囁くような声を背中で聞きながら、オレは静かに扉を閉めた。









あれから忍者は驚異的な回復力を見せ、3日ばかりですぐに実戦復帰を果たしてしまった。さすが忍者と言うべきだが、これにはきっと恋の力も多大に影響しているに違いないとオレは考えている。
さて晴れて互いの気持ちを確かめ合った二人だが、それからどうしているのかというと――。



「……ねえポポ、聞いてよ!今日もエッジったら、わたしのことお子様だって言うのよ!ひどいと思わない!?ひどいよね!」
今日もオレを呼び出し、ぷりぷりとふくれっ面のご主人である。どうも今回は戦闘中、ついうっかり前線に出張りすぎたご主人に対し「お子様は下がってな」と忍者がこちらもうっかりな一言を放ったことが原因らしい。なんだか2,3日前にも同じような愚痴を聞いたような……。まったく、やれやれだ。
大丈夫、忍者はしっかりご主人のことを一人前の女性として見ているよ。あいつのお子様扱いは、きっとご主人を可愛く思うからに違いない。大体ご主人は忍者の恋人になったんじゃないのかい。
そう慰めてみれば、「それは、そうだけど」とほんのり頬を赤くしてご主人は黙り込む。ああ、なんだか見ているこっちが恥ずかしくなるくらいだ。
するとオレたちの背後の茂みががさごそと音を立て、にゅっと忍者が姿を現した。相変わらず人の背後をとるのが好きな忍者だが、最近は堂々と気配を殺さずにやって来るようになったからまだマシになったものだ。
「なんだよ、まだ怒ってんの」
ご主人の横に腰を下ろしながら、ちっとも悪びれていない口ぶりである。ようやくへこんだご主人のつやつやなほっぺが、見る見る間にまたぷぅと膨らんでゆく。
そんなご主人を眺めて、忍者は「よく膨らむなあ」と楽しそうに笑った。
「べっつにお前のこと本気でお子様だなんて思ってるわけねえだろ。言葉のあやだよ、言葉のあや」
「……ふーんだ、どうだかー」
澄ました横顔を見せるご主人に、忍者は器用に片眉をあげてみせた。
「それに俺はロリコンじゃねえし。だいたいガキだと思ってる女に、あんなにキ――」
「わわわわわっ!!」
これには慌ててご主人が腰を浮かせて暴走気味な忍者の口を押さえにかかった。愛しい恋人に口封じされた忍者は、「何だよ、もっと言わせろよ」と不満を述べつつも若干嬉しそうな様子である。
「もうエッジ、へんなこと言わないのっ!」
「んー……そんならもう、機嫌直した?」
口を覆うご主人の手に自分の指をかけながら、忍者はにっこり笑う。こいつがこんな風に笑えば、きっとこの世のどんな女性だってあっさり毒気を抜かれてしまうに違いない。それは恋人であるご主人も例外じゃないわけで。
「……分かったわよぅ」
「そんなら、よし」
頭を乱暴な仕草でくしゃくしゃと撫でられ、ようやくご主人も笑顔をこぼした。その笑顔が嬉しかったのか、忍者がますます髪をくしゃくしゃとやると、きゃあきゃあとご主人が楽しそうな声をあげた。
なんだかんだ言って、順調そうな二人だな――。
オレは眩しい青空を見上げた。今日も太陽は頭上にさんさんと輝いている。ご主人の笑顔にも似たそのきらめきに、オレは、末永い幸せを願った。



<END>

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プロフィール

みずたま

Author:みずたま
1980年代生まれ。
aiko、spitz、ケーキ、お買いもの、野球(中日!!)、そしてFF4のエッジとリディアをこよなく愛しています☆
7歳と4歳の娘に振り回される日々を過ごしていますー。

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