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Vampire night

2013.10.15 01:23|FF4 中編①

Vampire night






互いの睫毛が触れ合うほどの距離に、リディアがいる。
大きなエメラルドの瞳に映りこむものは俺以外にありはしない。
無意識のうちに息を呑んだ、そのかすかな音まで届いてしまいそうだった。
身じろぎひとつできないでいる俺の頬に、リディアがか細い指を伸ばす。それは俺の熱を奪うほどに、冷たい指先で。
「……エッジ」
俺を呼んでふわりと香った甘い吐息に眩暈がした。
俺の全神経を絡め取ったまま、するりとリディアの指が頬を滑る。きっと今なら脚を斬りおとされたとしても痛くはない。恋の媚薬は究極の麻酔だ。
愛しい名を呼ぼうとした唇に、リディアはそっと人差し指を押し当てる。思いもよらぬその甘美な刺激に、不覚にもぞくりと戦慄にも似た震えが走った。近すぎて、そうあまりに近すぎて、一体リディアがいまどんな顔をしているのかすら分からない。まるでエメラルドの瞳に閉じ込められてしまったかのようだ。
触れられたままの唇に温かい吐息を感じる。はじめて触れるリディアのほんとうの体温に、気づけば鼓動はほとんど駆け抜ける蹄音のようになっていた。けれど甘やかなこの呪縛に、俺は手も足も動かすことさえままならない。ただただ、体だけが熱を帯びてゆく。
熱い俺の唇を、まるで果実のようにリディアが優しくつまみ上げる。そして唇の上で囁くように呟いた。
「おいしそう……」
――ああ、これは本当に現実のことなのか。俺は夢と現の狭間で漂っているだけなのか。どうして俺の愛しいリディアが、俺の愛する声でこんなことを言うだろうか。愛する指で、こんなにも淫らな呪縛をかけるだろうか。
けれどそんなことは、正直もうどうでもよくなりつつあった。燃え上がる炉の温度は今にも臨界点を突破しそうだ。きっとこのまま互いに触れていたら、俺とリディアの境界線までぐちゃぐちゃに溶かしてしまうだろう。もう二度と離れられないくらいに。
それなのにリディアはとろけるような眼差しで俺を見つめてから、そっと耳元に口を寄せる。そして耳朶をやわらかく噛まれ、たまらず漏れでたため息にうれしそうに微笑む。
……ああ。
俺は両の目を閉じ、押し殺すように浅い呼吸を続ける。そのまま首元に顔をうずめたリディアの頭を、きつくきつく抱き寄せる。
止められるものなど何もない。
止める意味もどこにもない。
曖昧だった意識が、一気に俺を貫いた。
――もう、保てない。









あふれる陽光が、暗闇に慣れた網膜を鋭く灼いた。
一瞬視界が白くスパークし、やがてゆっくりと色彩を取り戻してゆく。季節はもう秋も終わりに差し掛かっているというのに、昼間の太陽はまだこんなにも力強い。
眩暈にも似た感覚を払い落とすように軽く頭を振ってから歩き始めると、一歩先にいた召喚士の娘がこちらを振り返って「ねえエッジ」と笑った。
「みなさん、お元気そうで良かったよね」
萌えたつ若草色の髪がふわりと広がり、まるでそこだけ季節が急いで逆戻りしたかのように見えた。潮風の中の瑞々しいその笑顔に、ついつい目元も柔らかくなる。
「――おう、お陰さんで。一緒に来てくれてありがとな」
追いついて髪をくしゃりとやってみれば、俺の右手の下でリディアは慌てたようにわたわたと両手を振った。
「やだなあ、わたし何にもしてないよ。今回は勝手にくっついてきちゃっただけだし」
「んなことねえよ。ほれ、なんだっけ。あのお面みたいなやつー……」
しかめっ面でこめかみに指を当ててみたが、初耳だったあのカタカナの名前はちっとも出て来やしない。しかし俺が口にした「お面みたいなやつ」という表現が意外にツボだったのか、くすくすと笑いながら、リディアが助け船を出した。
「それってひょっとして、ジャック・オ・ランタンのこと?」
「そうそう、それだそれ!あれで子どもたちがめっちゃ喜んでたろー?サンキュな」
「えへへ……そういうことなら、どういたしまして」
リディアは華奢な肩をすくめてはにかんだように笑い、ちらと後方を振り返った。それを追い、自然と俺もそちらに目を向ける。そこにはたったいま後にしたばかりのエブラーナの洞窟が、黒々とした口をぽっかりと開けてこちらを見据えていた。
――今回は、実に1か月ぶりの訪問だった。
いくらエブラーナの民とはいえ、洞窟での避難生活は困難を極める。はじめから俺は単身で様子を見に行くつもりだったのだが、そこをリディアに見つかってしまった。月での激戦の疲れもあるだろうから宿で休んでいろと言ってはみたのだが、本心は違うところにあるに決まっているので、まああくまで一応、である。そんなわけだから、「せっかくハロウィンの季節なんだから、エブラーナの皆さんにも楽しんでもらおうよ!」というリディアの押しに勝てるはずもなく、と言うかむしろ積極的に白旗を掲げ、こうして晴れて予想外の二人旅となった次第だ。
そしてリディアの発想で持ち込んだカボチャのお化け――ジャック・オ・ランタンだとか言うやつだったか――は、ハロウィンの慣習のないエブラーナの子どもたちには衝撃的なものだったらしい。とにかく大ウケだった。見たこともない異形のカボチャに大人も驚き、噂を聞いて寄ってきた子をカボチャ片手に追いかけ回す少年たちまで居たり、なかなかの騒動になったものだが、しかしエブラーナの人々の気分転換には大いに役立ったと言えるだろう。
「来年は、ちゃんとお城でハロウィンができるといいよね……」
洞窟の入り口を見つめたままリディアがぽつりと呟く。海から吹く潮風をはらんで、エメラルドの髪が大きく揺れた。自分の故郷でもなんでもないと言うのに、エブラーナの民のために心を砕いてくれるその横顔が胸に迫った。いつか本当にこの国がリディアの第二の故郷となる日がくるのなら――そう思わずにはいられなかった。
「……どうかしたの?」
「――んにゃ、なんでもねえよ」
いつも通り俺は何も言えぬまま小さな頭にぽんと手を乗せると、停めていたホバークラフトにひらりと乗り込んだ。
「じゃあ、そろそろ帰るか」
「あ、う、うん!」
差しだした手につかまり、リディアが波に揺れる船内に滑り込んでくる。ベルトを締めたことを確認すると、ポケットから取り出したエンジンキーを差し込み、右にひねった。軽やかなエンジン音とともに、小さな船体がふわりと浮きあがる。アクセルを踏み込むとホバークラフトは二人を乗せて滑らかに海面を進み始めた。
強い向かい風に吹かれて、リディアは流れる髪を押さえるのに大変そうだ。あまりに必死な顔に思わず笑ったのを見ていたらしい、ぷぅとリディアの頬が膨らんだ。
「何で笑うのよう!」
「いや、別に……てか、この分なら夕方には宿に戻れそうだよな?」
「え――あ、うん!そうだね!」
すかさず話題を変えると、一変してリディアの顔がぱあっと輝いた。それもそのはず、今日は夕方から俺達の滞在する街でちょうどハロウィンのお祭りが開かれるのだ。
リディアは非常に楽しみな様子だが、しかし俺にはいまひとつピンとこない。エブラーナ出身ではあるが、一応王子と言う職業柄ハロウィンと言う大陸の文化は何となく知ってはいる。しかしさてはてそれが一体どのような催し物になるのかまでは、さっぱり想像ができなかった。オバケカボチャのでかい神輿でも出るんだろうか?
そんなことを訊ねたら、思い切りリディアに笑われてしまった。やれやれ、これじゃまるきりいつもとは逆の立場だ。そんなに笑わなくたっていいじゃんかよとちょっと膨れてみたら、ますます笑われてしまう有様だ。
ひとしきり笑ったせいで目じりに浮かんだ涙をぬぐいながら、ようやくリディアが教えてくれた。
「ごめんごめん。あのねエッジ、ハロウィンはまず、みんなで仮装したりするんだあ」
「仮装って……あのカボチャをかぶったりすんの?」
「違うよー、ほんとに仮装なの。魔女になったり、お化けになったり!」
へえ、と俺は目を丸くした。街全体が仮装パーティーのようになったら、確かに華やかでなかなかの見物かもしれない。しかしその場合、俺自身も仮装しなくては参加できないと言うことだろうか。……26歳の男が、一体何に仮装できると言うんだ?
「あのさあ、俺――」
珍しくそれだけでリディアには言わんとするとこが伝わったらしい。ああ、とぱちんと手を打つとにっこりして言った。
「大丈夫!エッジは仮装しなくても、きっとそのままで平気だよ。忍者の格好なんて、あんまりバロンのあたりでは見かけないもんね!」
「そ……そういうもんかあ?まあ――なら、いいけど」
一応頷いておいたが、つまりその理屈でいくと、俺ってばバロン近郊では常に仮装状態と思われているわけじゃなかろうかと思ったが黙っておいた。こういうことは聞かないでおくに限る。代わりに、「そんならお前は何に仮装すんの?」と話を振ってみる。さすがにバロン近郊ではリディア程度の格好ならば「常に仮装状態」とは言えないだろう。
「え、わたし?」
「そだよ、参加するからにはお前も仮装すんだろ。何になんの?一つ目小僧か?それとも唐傘お化けか?」
面白がって自国で馴染みのお化けを羅列してみたが、問われたリディアは、「……それ、一つもわからないんだけど」と当惑顔である。
「うーん、何に仮装しようかなあ。まだ決めてないんだけど……黒のローブがあるし、やっぱり魔女かなあ?」
「うん、まあ、悪くはねえだろうけど」
濁した言葉を、リディアがひきとった。
「……新鮮味に欠けるかなあ」
「だな」
「そっかあー。じゃあエッジ、何かいい案ない?」
そんなことを言われても。
個人的には猫耳だとか尻尾といった類をつけてほしいんだけどなどとは、……口が裂けても言えない。やれやれ、まあこういう場合は仕方あるまい。鉄板ネタに限るだろう。俺はリディアにむかってにやりと笑って言った。
「ならさあ、いっそのこと幼稚園児の格好とかいいんじゃねえの?なんかめっちゃ似合いそうなんだけど」
「な……なによそれー!わたしにスモックとか着ろって言うこと!?」
「そうそう。あーでもさすがにサイズがないかなー」
イヒヒと笑う俺に、ますますリディアの頬が膨れていく。
「サイズの問題じゃないでしょ!もう、エッジのばかっ」
ぷんと顔をそむけたリディアはホバークラフトの縁に頬杖をつき、そのまま潮風に髪をなびかせる。その白く細いうなじになんとなく目が行き――そこで、おや、と俺は眉をひそめた。
「――それ、まだ痕が消えねえの?」
言われてリディアは、目をぱちくりしながら自分の首筋に手をやった。
「それって……ああ、これ?まだ残ってる?一応ハイポーション使ったんだけどなあ」
その手のあたりには、一対の小さな赤い傷口。炎症を起こしかけているのか、周りもうっすらと赤みを帯びている。
それは先ほどエブラーナの洞窟で出くわした、ブラッディ・バッドによる咬傷だった。リディアの首筋に噛みつくなど言語道断と即座に斬って捨ててやったが、意外に深く噛みつかれていたらしい。ケンカの余韻など吹っ飛んで行ってしまった。
「大丈夫か」
「大丈夫だよぉ」
のほほんとリディアは笑っている。痛くも痒くもないそうだが。
「帰ったらローザにケアルしてもらうから」
「おう、そうしろそうしろ」
すると、あ、とリディアが明るい声をあげた。前方に目を戻してみれば、水平線の彼方に黒々とした陸地の影が見えてきていた。大陸に着いてさえしまえば、ファルコンに乗り込み、あとはバロン近郊までひとっ飛びだ。
「お祭りが始まるまでには、余裕で着いちゃうね」
白い歯をきれいに光らせて、リディアは嬉しそうに笑った。









俺たちがバロン近郊のその街に到着したのは、予想通り夕方の17時半だった。
この時期の17時半と言うと、陽は西の空の端にうすぼんやりとその名残を見せるのみだ。見上げる空にはもういくつもの星が輝き、夜を始めようとしている。
さてリディアが楽しみにしていたハロウィンの祭りだが、到着したころにはもうすでに始まっているようだった。宵闇の漂う街を目鼻をくりぬかれたかぼちゃのランプが可愛らしく彩り、思い思いの仮装をした人々が楽しげに通りを練り歩いている。どうやら街の中心部にある広場がメイン会場らしく、そちらのほうからはにぎやかな音楽とおいしそうな匂いが漂って来ていた。
「わあ、わたしも早く仮装して来なくっちゃ!」
早くもリディアはわくわくが止まらないといった様子だ。まあ確かに心躍る眺めではある。ちっこいお姫様や王子様の一団がにぎやかしく駆け抜けて行ったと思ったら、その後ろを親と思しきモンスターやら魔女の集団が忙しそうに追いかけていき、その横ではお化けが自分の裾を踏んづけて派手に転んだりと、眺めているだけでも一秒だって飽きることはなかった。
面倒なので俺は今の格好のままだが、リディアは宿に置いてある黒のローブと三角帽子を被って魔女に仮装するつもりらしい。しかしせっかくだからもっと違う格好をすりゃいいのに、どこかに臨時の貸衣装屋でもねえのかな――そんなことを考え宿への道を歩いていると、混みあう通りの向こうからこちらに手を振りながら近づいてくる一組の男女に気が付いた――のだが。
……ありゃ、だれだ。
思わず数回瞬きをしてしまう俺だった。
いや、俺たちに手を振る一組の男女なんて、この街において一通りの組み合わせしかありえないことは分かっている。しかしそれはパラディンと白魔道師の組み合わせのはずで……まさかピーターパンとフック船長のカップルでは、ないはずだった。
「なあ、リディア、あれ――」
まだ気づいていないリディアの注意を彼らに向けようとしたとき、ピーターパンが口に手を当て、
「おーい、リディア、エッジー!」
……耳に慣れ過ぎた声で、俺たちの名を呼ばわった。
「えっ、セシルに……ローザ!?」
いったいどこからこの声がとリディアはきょろきょろとあたりを見回すが、変わりすぎた二人の風貌にまったく気づかない様子だ。大きな海賊帽子を被ったローザが得意げに微笑みながら、「リディア、こっちよ」と手を振ってようやく例の二人だと認識できたらしい。
「ええっ!?ふたりとも、どうしちゃったの!?」
たしかに「どうしちゃったの」と言われてもむべなるかな、である。セシルはなんとなく抹茶を連想させるような色合いの羽根つき帽子とチュニックに細身のパンツ、足元にはベージュのブーツ、腰には革のベルトに差し、どこからどうみても銀髪のピーターパンになりきり、そしてその横のローザは白魔道師から荒くれ者のフック船長へと見事に変身していた。深紅の大きな帽子に分厚いコート、その下には珍しくぶかっとしたパンツを穿き、足元は真っ黒の革のブーツで引き締め、腰には銀のレイピアを装備している。色白な肌とこぼれおちるブロンドが衣裳によく映え、気品ある美しさをいっそう引き立てていた。リディアを知らぬ頃の俺なら、間違いなく舌なめずりをしたに違いない。
美しき海賊の頭は、リディアに嫣然と笑いかけた。
「どう?なかなか似合うでしょ?」
「うん、ふたりともとってもよく似合うよ!いつもと全然雰囲気が違うから、びっくりしちゃったぁ。でもローザは、ウェンディじゃないんだね?」
リディアに問いかけられてローザはちょっと目を丸くしたが、すぐにいたずらっぽい笑顔で答えた。
「ウェンディじゃあ、いつもとあまり雰囲気が変わらないもの。せっかくのハロウィンなんだし、たまにはこういう格好もいいかなあと思ったのよ」
「たしかにそうだねぇ。セシルのピーターパンもぴったりだよ!」
「ありがとう」
照れ臭そうにセシルは笑ってから、俺たち二人の姿を見て首を傾げた。
「君たちは仮装しないの?」
「いや、今しがた帰ってきたばっかりでさ……。てか、セシル達こそその衣裳どうやって調達したんだよ?ひょっとして自前か?」
すると案の定、そんなはずはないよとセシルは苦笑した。
「この衣裳は宿屋のご主人が貸してくれたんだよ。毎年ハロウィンに行っている宿泊客限定サービスらしくてね」
「へえ、そいつはいいな。まだ衣裳って残ってそうか?」
「ええ、大丈夫だと思うわ。毎年ハロウィンに合わせて買い込むからどんどん衣裳が増えていくってご主人が笑ってらしたくらいだから」
「そうなんだあ、楽しそう!」
ローザの話に、リディアの目がどんどん輝いていく。
「ティンカー・ベルの衣裳もあったから、リディアには似合うんじゃないかしら。あとエッジだったら、そうねえ……」
俺を眺めて体をひき、ちょっと難しそうな顔をするので、慌てて「いや、俺はいい」と顔の前で手を振った。
「色々選ぶのも面倒だし、俺は忍者の仮装っつーことで通すからよ」
「あら、そうなの?もったいないじゃない」
明らかにがっかりした様子のローザに俺はひらひらと手を振ってみせた。
「いいんだよ、そんで。んじゃリディア、早く宿屋に行こうぜ」
「あ、う、うん!」
じゃあ二人ともあとでね!と言い交わすリディアの手をひき、俺はそそくさとその場を離れた。ああ、危ない危ない。俺はこっそりと胸をなでおろす。○○の仮装をしたらなどと言われる前に逃げ出すことができて良かった。ローザの俺に対する「提案」は、ほとんど「命令」と同義なのである。
「ねえねえ、エッジ!」
リディアが小走りになって俺の横に並んだ。
「ほんとに仮装しないの?ローザじゃないけど、もったいないなあってわたしも思うよ」
「んー、俺はいいよ。仮装して絵になるのは女子供だけだって。セシルは別として」
しかし「そうかなあ」とリディアは難しそうに眉を寄せたままだ。
「大人の男の人だって、仮装しても楽しいと思うんだけど……。ねえほら、ドラキュラ伯爵とか!」
ああそれならと一瞬想像した絵は、俺の銀髪と切れ長の目にはあまりにハマり過ぎていた。ハロウィンにはリアルすぎて却下だ。
「……それはガキが泣くだろ。マジで」
「そうかなあ。あっ、それなら狼男さんは?」
「狼男ねえ……」
仕方がないので一応考えてみるフリをしてから、横目でリディアを眺めてちょっと意味ありげに笑ってみる。
「……襲ってもいいっつーんなら、アリなんだけど」
しかしリディアはきょとんとしたままだ。
「……なにを襲うの?」
ああ、案の定、1ミリも伝わっていない。この鈍すぎる大岩を動かすには正面切ってバズーカを打ち込むしかないのだと分かってはいるものの、やはり内心凹む。凹むくらいなら流し目を使うなと言われそうだが、そうせずにはいられないのが悲しい俺の性なのだ。
やれやれと俺はため息をついてから、繋いでいた手をほどいてぽんぽんとリディアの頭を叩いてやった。
「ま、何でもいいよ。ったくほんとお前ってお子様だよなあ……」
「むっ!ちょっとまたお子様って」
「あーわりわり。それよりほら、宿屋ついたぜ。俺はここで待ってっから、仮装でも変装でも好きなようにしてこいよ」
「もう、エッジってば……。じゃあ……うーんと、20分後に集合ね?」
ここで待ってるからいいと言ったのに。だがリディアは、待ちぼうけを食らわせてはいけないと思ったのだろう。俺は苦笑しながら、宿屋のドアに手をかけたリディアに手を挙げた。
「わかった。そんじゃ、後でな」
「うん!」
リディアは肩越しに笑顔を見せると、宿屋の中へと入って行った。









宿屋が店を構える商店街からほど近いところにメイン会場が設定されているらしく、夜風に乗って心地よい喧騒が流れてくる。どうやらハロウィンの祭りというものはただ仮装すればいいだけじゃなく子どもにお菓子をやらねばならないらしいという事実を、ぶらぶら散歩をしてようやく知った俺だった。
まあもちろん俺が声をかけられたわけではなく、そこここでお菓子のやりとりがあるから学んだだけだ。自分で言うのもなんだが、忍者の仮装をした目つきの鋭い男に「トリック・オア・トリート!」などと挑んでくる子どももいないし、仮に居たとしてもその前に親が止めるに違いない。と言うことで俺は誰にも邪魔されず、ハロウィンの祭りをそれなりに楽しんでいた。
しかし待ち合わせの時間まではもう少しある。せっかくなので何か買うかと俺は手近なアクセサリーショップに入ってみた。その店では店員はみな魔女の仮装をし、やってきた子どもたちにお菓子やら風船を配っていた。可愛らしい、にぎやかな声があちらこちらから響いてくる。
もちろんこんな華やかな店に俺が使えるような品物があるはずはなく、買おうと思ったものは当然リディアの物である。もしリディアが「トリック・オア・トリート!」と俺に言って来たら渡せばいいし、そうでなくても普通にプレゼントすればいい。しかしリディアが「トリック云々」と俺に言ってきた場合、俺もリディアに「トリック云々」と言い返していいのだろうか。するとその場合俺は一体何を要求できるのかなどと妄想していたら、ショーケースに映りこんだ自分の顔の造形がとんでもないことになっていたので、慌てて表情を引き締めた。ああ、危ない危ない。
しかしけしからん妄想を膨らませつつも、きちんとプレゼントは選んでいるのが俺だ。クロスをモチーフにした綺麗な銀のブレスレットがあったので、それをレジまで持ってゆく。プレゼントだと言ったら魔女の店員は透明な小袋にそれを入れ、リボンをぺたりと貼りつけてくれた。礼を言って懐に仕舞う俺に、それはなんの仮装なのかと聞いてきたので、忍者だと答えてやったら不思議そうな顔をしていた。どうやら忍者はバロン近郊ではあまり認知されていないようだ。つまり俺は訳の分からんコアな仮装をした若い男と見なされているわけか。まあ、それはそれで構わないが。
待ち合わせの時間が近づいていたので、宿屋に足を向ける。一体リディアは何の仮装をしただろうかと考えると、柄にもなくわくわくした。ローザの言った通りティンカー・ベルを選んだだろうか。まあ何を着ても、リディアなら似合うこと間違いなしだろう。
宿屋の前にはリディアらしき人物はいなかった。まあ女は遅れるのが定石だからなと思いつつ宿屋の壁に背中を預けると、ちょうど軽やかなベルの音とともに宿屋のドアが開いた。ひょっとしてリディアかとちらと横目で出てきた客を眺め――そして俺は、言葉を失くした。
果たしてその客は予想した通り、リディアだった。リディアだったが――。
「……どうしたの、エッジ?」
その声に、俺はようやく我に返った。ぱちぱち、と不審に思われない程度に目を瞬いてから、「いや」と笑顔を浮かべる。
「なんでもねえよ。ちょっと宿屋ん中が眩しかっただけ」
「そっか。ごめんねえ、待たせちゃって」
そうやって眉を下げて謝る様子は間違いなくリディアだ。俺は内心ほっと胸をなでおろしながら首を振った。
「ちっとも待ってねえから気にすんな。それにしても、その――……寒く、ねえか。夜になって冷えてきたしさ」
「あ、ううん、大丈夫だけど……この格好、へん、かな」
衣裳の裾をつまんで不安そうなリディアの様子に、慌てて俺は全力で両手を振った。
「いーや!いやいやいや、ちっとも変じゃねえから心配無用。まあ、珍しいなとは思ったけどさ」
「やっぱりそうだよねえ。でもローザも言ってたじゃない?ハロウィンなんだし、たまにはこんな格好もいいかなって思ったの」
そう言ってリディアは笑うと、くるりと回って見せた。それにあわせて漆黒のマントがふわりと円を描いて広がる。裏地の深紅がやけに鮮やかに見え、俺はごくりと無意識のうちに喉を鳴らしていた。
リディアが選んだものは、吸血鬼の衣裳だった。襟付きの漆黒のマント、胸の谷間と体のラインをやたらと強調する漆黒のドレス。深く入った左右のスリットからはしなやかな太腿を惜しげもなく晒し出している。エメラルドの輝く髪と抜けるような白い肌がよく似合い、とんでもなく妖しい美しさの吸血鬼なのだが、なんというか……凝視することが許されない今の関係では、目のやり場に困ることこの上ない姿だ。
……まさかリディアがこんな衣裳を選択するとは。
俺はそっと視線を外し、昂ってしまった体の熱を逃がすように数回深呼吸を繰り返した。まあ確かに普段からリディアは露出の多い恰好をしているから、この衣裳を選択することにそれほど抵抗はなかったのかもしれない。だが生地の色が黒になるだけでこんなにも妖しい雰囲気を纏うことになるなんて。
……まいったな。
そっとこぼしたため息は、リディアの耳には届かないほど小さなものだった。
「――じゃ、行こっかあ、エッジ!」
俺を悩ませる張本人はあっけらかんと笑っている。その口元にあるはずのない八重歯が覗いたように見えたのは、俺の気のせいだっただろうか。









宿の主人から聞いたと言うリディア曰く、広場のメイン会場ではダンスなどのステージ発表や仮装コンテストが開かれたり、クッキーやクレープ、パン屋などの出店が並んでいるそうだ。フィナーレにはちょっとした花火も予定されていると言うから、かなり大がかりな祭りである。
「ミストの村でも、ハロウィンは盛大にやってたのか?」
広場への道すがら訊ねると、隣を歩くリディアはちょっと笑って「ううん」と首を振った。
「この街とは比べ物にならないくらい、小さい村だもん。簡単な仮装をした子供たちが大人にお菓子をねだるっていうくらいのイベントよ」
「へえ……。バロンに近くても、やっぱり違うんだな」
「うん、ミストとバロンの間には山脈があるから、ちょっと文化が違うみたい。おなじ秋なら、ハロウィンよりもむしろ収穫祭のほうがにぎやかだったかなあ」
「ああ、収穫祭ならエブラーナにもあったな。五穀豊穣の恵みに感謝して……って、おい、どした?」
俺は慌てて後ろを振り返った。急にリディアがその場に立ち止まったので、つい置いて行くような格好になってしまったからだ。そのリディアは俺の数歩後ろで腰をかがめて右足に手をやっている。思わず見てはいけないあたりに目が行きそうになって、慌てて視線をひっぺがした。
「……ごめんね。なんでかな、急に右足が痛くなって」
「痛くってって……大丈夫か?ちょっと見せてみ」
俺はその場にしゃがみこむと、リディアが痛みを訴える右足を検分してみた。特に捻った様子もなく腫れてもいないし、念のためヒールも脱がせてみたが、靴擦れもない。幸い大して重症でもなさそうだ。慣れないヒールに疲れたと言うところだろうか。
「まああんまり無理すんなよ。ハロウィンの雰囲気も十分味わったし、宿に戻っとこうぜ?」
ハロウィンの祭りよりも、リディアの脚の具合の方がはるかに重要だ。
「え、でも……」
「でもじゃねえ。明日からまた月に戻るんだろ。ほら、宿までおぶってやるから」
しゃがんだまま背中を向けると、最初は渋るかと思ったが、意外にも「分かった」と素直に頷いた様子ですんなりとリディアがおぶさってきたので驚いてしまった。そしてためらいもなくするりと細い腕が、俺の首元に巻きつく。どうしても背中の弾力に意識が集中しちまうのはご勘弁願えるかななどと考えていると。
「……ごめんね、エッジ」
不意に耳元に吹きかかった吐息の熱さに体がぎくりと強張った。本能を必死に宥めつつ、「いいよ、気にすんなよ」と努めて冷静に応じる。
「無理しないのは当然だろ。んじゃ、立つぞ」
断ってからよいしょと立ち上がり、リディアの脚を抱えた。普段はニーハイブーツを装備しているので触れることはない生足に、また体温が跳ね上がる。いいか背中のモノは生温かい喋るコンニャクだ、何も考えるな何も考えるなと自分に言い聞かせ、どうにか来た道を戻りはじめると、俺の首に腕を回したままリディアが耳元に話しかけてきた。
「……あのね、エッジ」
「なんだ?」
答えると、少し迷った様子を見せてからリディアが続けた。
「ほら、花火がやるじゃない?宿に戻る前にそれだけ見たいんだけど……だめかなあ?」
「いや、そんくらいならいいけどさ……でもそれってどこに行けばいいんだ?」
さすがに人の多い広場から打ち上げることはないだろう。街の外れにあった池の近辺だろうか。それならどこから見るのが丁度いいもんかなと考えていると、不意にぎゅっとリディアが首に回した腕に力をこめてきたのでまたもや心臓が縮んだ。すなわちその動作は、一層俺たちを密着させるわけで。
リディアが俺の耳元に唇を寄せたのが濃くなった気配で分かった。
「……しずかなところなら、どこでもいいの」
「どこでもいいって――」
リディアを振り返りたかったがそれは止めておいた。今少しでも顔を動かせば、とんでもない至近距離でリディアの顔と出くわすに違いないと分かっていたから。それは今の俺にとってこの上なく心臓に悪い出来事だ。
だがリディアはそんな俺のことなど構わぬようで、俺の首筋にぺたりと頭をもたせかけ、思いもよらぬ言葉を続けた。
「……どこでもいい。ふたりきりになれるのなら、どこでもいいの」
「な――」
俺は自分の耳を疑った。――マジか。こいつ、正気で言ってんのか。
酒でも飲んだのかと真っ先に考えたが、先ほどまでのリディアにアルコール臭を感じた覚えはなかったし、顔色だって正常だった。
冷静に分析しようとする頭とは裏腹に、しかしじっとりと掌に汗が滲んでゆく。心拍数は高まってゆくばかりだ。
「……お前それ、本気で言ってんの」
ばかなこと言ってんじゃねえ、宿屋に帰るぞとは――どうしても言えなかった。どれほど冷静ぶったったところであわよくばとどこかで考えてしまう俺はどうしようもない男だ。
掠れた声に、うんとリディアはゆっくりと頷いた。
「本気よ。……エッジは、いや?」
嫌なわけあるかと、小さな声で答えるのが精一杯だった。



花火の見えるしずかなところでふたりきりになりたい。
リディアは、そう言った。俺を誘ったのは、確かにリディアの声だった。背中に感じたのも間違いなくリディアの体温だった。――信じられないことだが。
だがどこまで分かって言っているのかは量りかねた。これが普通の女だったら迷わずどこかの宿屋に連れ込むところだが、何しろ相手はリディアだ。足が痛いから、人ごみを避けて俺と二人で静かに花火を見たい。たったそれだけのことなのかもしれないのだ。額面どおりに受け取っておくに越したことはない。あの時のリディアの仕草は誘っているとしか思えなかったが、ひょっとしたらそれだって俺の気のせいなだけかもしれない。
そういうわけで俺は鼻息の荒い本能の手綱をどうにかさばき、通りから外れた小路にベンチを見つけ、そこにリディアを下ろした。木立の間からは星空とふたつの月がよく見えた。
俺もリディアの隣に腰を下ろすと夜空を見上げ、努めて明るい声で言った。
「花火、いつ打ちあがるんだろな」
「うん……まだもう少しかかりそう、かな」
答えるその声がいつもより女っぽいのも気のせいか。あえてリディアの方には顔を向けず、そのまま続けた。
「こっから見えなかったら、悪いな」
「ううん、いいの。もとはと言えば、足を痛めたわたしが悪いんだもん」
くすりとリディアが笑ったのでほっとした。ああよかった、やっぱ全部俺の勘違いだったか、突っ走らなくて良かった――けれどその思いは、即座に打ち消された。俺の真横に、ぴたりとリディアが体を添わせてきたから。
ふわりと漂うぶどうにも似た甘い香りが俺の胸をときめかせる。どす黒い期待が、そろりと頭をもたげるのが分かった。
「さっきも、言ったよね」
「――なにを」
思わず硬くなった声で問い返すと、俺を見上げてリディアはぎゅっと眉を寄せた。
「……エッジの、いじわる。わかってるくせに」
「分かってるって――」
皆まで言い終わる前に、うつむいたリディアが俺の手をそっと握った。そのまま深く指を絡めると、円を描くように冷えた親指で熱を帯びた俺の手のひらを何度も撫でてゆく。冷たいその愛撫に、じんわりと、だが確実に頭のどこかが痺れてゆく。
「ふたりきりになりたいって言ったわたしの気持ち、わかってるくせに……」
それは今まで一度も耳にしたことのないような、甘く切なげな声だった。どんどん追い詰められてゆくのを感じ、たまらず俺は固く目を瞑った。――俺は、どうすればいい。間違ってはいけないと、間違ってしまったら一巻の終わりだと、分かっているけれど。
分かってはいるけれど。
「……なあ、リディア」
呼びかけるとリディアは潤んだ眼差しで俺を見上げた。熱を帯びた視線と、初めて見る上気したリディアの貌に俺は一瞬ひるんだが、一つ大きく息をつくと言葉を続けた。
「お前さ――どうしたの。なんか今日、いつもと違うだろ」
最後の理性を振りしぼった一言に、けれどリディアは、「違ってもいいじゃない」とすぐさま切り返してきた。
「違ってたらいけないの。わたし、もう我慢できない。エッジだって――」
空いていたその右手を、俺の胸にそっと押し当てる。そこには俺の心臓がある。いまや早鐘よりも速く鼓動を打ち鳴らす、破裂しそうな俺の心臓が。
猛り狂う本能を押しとどめていた防波堤が、今にも決壊しそうだ。早く出せ、早くここから解放しろと、心臓がどんどんと俺を内側から叩きまくっている。
リディアはそれを確かめるように瞳を閉じていたが、やがてゆっくりと瞬きをし、俺の目を正面から見つめてきた。
「……エッジだって、今こんなにもどきどきしてる。わたしに、どきどきしてる。……だから、ね」
我慢しなくて、いいんだよ。
艶やかな唇で、睫毛が触れ合うほどの距離で、リディアはそう囁いた。



――そして。



溢れだした本能が、一気に俺を支配する。
一瞬のホワイト・アウト。
――その後に気付くと俺はリディアをベンチに組み敷き、深く口づけていた。
しかし舞い戻ってきた理性は、あっという間に本能の奔流に押し流される。遠くへ、どんどん遠くへ運ばれてしまう。いいのか。このままで本当にいいのか。俺は。――そして、リディアは。
なあ、――俺は本当にこんな風になりたかったのか。
けれどどれほど彼方で叫んだところで俺のからだは止まらない。目の前の全てを感じてやろうと、どんどんリディアを侵食してゆく。
頬にリディアの手のひらを感じる。凶暴に猛る俺はこんなにも熱いのに、どうしてこの手はこんなにも冷え切っているのだろう。手のひらも、唇も、舌もからだもなにもかもが冷たくて俺の熱を奪うようで――。
そこで急に、激しい脱力感を覚えた。背中に巨大な岩を括りつけられたかのようだ。いきなりリディアを組み敷く俺の自重を支えることさえもできなくなってしまった。
ちからが、はいらない。
急に襲ってきたこの感覚は、なにかに似ていた。命が吸い取られるような、アスピルにも似たこの感覚。
――まさか。
ぞわりと危機感を覚えて体を離そうとしたが、しかしリディアが俺を解放することはなかった。そしてもう一度深く呑みこむように交わす、氷のキス。そして俺は悟った。これからすべてを奪われようとしているのは、リディアじゃなく、まさか、……この俺なのか?
しかしリディアは――いや、リディアの体では、息継ぎなしに口づけることなどできはしない。喘ぐように離した互いの口を銀糸が繋ぐ。その真っ赤な口に、今度こそはっきりと月夜にきらめく八重歯を見た。いやむしろそれは牙と言ってもいいほどの代物だ。
……逃げな、ければ。
力の抜けた体で俺はどうにか離れようともがく。しかしリディアは物凄い力で俺を掴まえ、ひっくり返すと馬乗りになってきた。俺を見下ろす双眸は爛々と金色に輝いている。マントが取り払われむき出しになった細い肩で荒い息を繰り返している。そしてその首元に深々とつけられた、ブラッディ・バッドによる一対の咬傷。

――帰ったらローザにケアルしてもらうから。
――そうしろ、そうしろ。

ホバークラフトの上で俺はああ言ったのに。どうして街で出会ったとき、忘れてしまったのだろう。
あの時ローザにこの咬傷を見せておけば、こんなことにはならなかったのだ。きっとすぐさまローザならば、これが単なる傷ではないと気づいたことだろう。これはヴァンパイアの感染創なのだと、見破ってくれたに違いないのに。
一体いつからリディアは変化していたのだろう。
足が痛いと言ったのは演技だったのだろうか。
いや、ヴァンパイアの衣裳を身にまとったときには、もうすでに意識は奪われてしまっていたのだろうか。
いったいいつから成り代わっていたのだろう。
――この目の前の、ヴァンパイア・レディに。
ひどい吐き気が襲い、俺は堪えるために歯を食いしばった。ああ、愚かで浅はかすぎる自分自身が嫌になる。今まで俺は、リディアの何を見てきたと言うのだろう。こんなのはリディアじゃないと分かっておきながら、そのくせ俺はリディアを蹂躙するようなことを。
「エッジ……。愛しいわたしのエッジ」
リディアのかたちをしたヴァンパイア・レディが、うっとりと俺の頬を指先でなぞる。やめろと呻いても、嬉しそうにリディアの顔で笑うだけだ。
胸が張り裂けるようだった。
――助けてやりたい。砂漠で倒れた旅人が水を渇望するように、そう思った。
俺などどうなってもいい。たとえすべてを奪われたとしても。
けれどリディアだけは、――リディアだけは、解放してやりたい。
それなのに腕の一本すらあげることができない。悔しくて情けなくて、涙が滲むようだった。
「ひとつになりましょう。わたしとあなた。ひとつに……」
むき出しになった八重歯がぎらりとかがやく。あれで俺の首に噛みつくつもりか。そして俺の全てを貪り食らうつもりなのか。
どうしたらいい――。
たまらず瞑目したその時、――頭上に炸裂音が響き渡った。
静寂を切り裂く轟音とともに、秋の夜空を埋め尽くすほどの勢いで夜空に大輪の華が咲き開く。続けて二度、三度。あたりを真昼のように照らし出した、その刹那。
ヴァンパイア・レディの注意が俺から逸れた。
――今しかない……!
俺は渾身の力を振り絞ると、懐からあるものを取り出すと袋を引きちぎり、ヴァンパイア・レディの胸元に押し付けた。
その次の瞬間、ヴァンパイア・レディの口から悲鳴が迸った。ぎゃああ、痛い、痛い――このままではリディアの喉が張り裂けてしまうのではないかと思うほどのひび割れた声だ。けれど今この手を離すわけにはいかなかった。止めてしまったら、もう二度とリディアを解放できるチャンスはやってこない。
ヴァンパイア・レディは体をのけぞらせ、髪を振り乱し狂ったように叫び続ける。けれどその声は咲き乱れる花火が呑みこんでゆく。痙攣が襲うむき出しの白い肌を、花火が染め上げてゆく。
やがて花火が終わるころ、ヴァンパイア・レディの断末魔もまた、終末を迎えていた。力なく覆いかぶさってきたしなやかな体を、びくびくとわずかな痙攣が襲う。
押し付けた手を離さぬまま、俺はリディアの体を引きよせた。そして震える唇に口づける。尾を引くかすかな断末魔を、体のうちに飲みこむために。









「……あれ?わたし……寝ちゃってた……?」
ぶるりとひとつ身じろぎをし、横になっていたリディアは気が付いたようだった。ううん、などと呟いて額に手をあて、そして顔を正面に向けて。
「――きゃあっ!」
いきなり出くわした俺の顔に心底驚いたようだった。驚きのあまり俺の膝枕どころかベンチから転げ落ちそうになるので慌てて押しとどめたほどだった。
「おい、あぶねえって!」
「あ、危ないって――どどどどうしてわたしエッジの膝枕なんか」
「なんかとは失礼だな。……つーか別に、理由なんて要らねえだろ」
「要るに決まってるよう!恥ずかしいってば!」
頬を真っ赤にして叫ぶなり、リディアは両手で顔を覆ってしまった。そのあどけない様子に、俺は体全体でほっとした。――ああ、リディアだ。リディアが戻ってきてくれた。
あれからリディアは気を失い、ぴくりとも動かなくなってしまった。手持ちのハイポーションで回復した俺の声にもまるで反応なしだ。正直言って本気で動転しかけたが、規則正しいリディアの脈拍と呼吸数にかなり救われた。ベンチで休ませ様子を見ていたら、幸運にも目を覚ましてくれたと言うわけだ。
――本当に、よかった。気づかれぬよう嘆息した俺の膝の上で、顔を覆ったままリディアはぷぅと頬を膨らませたようだった。
「……いつからわたし、ここで寝ちゃってたの」
「んー……かれこれ1時間くらい、かな」
「そんなにっ!?」
がばりとリディアが身を起こした次の瞬間、ごちん!という見事な音と共に目の前に星が散った。油断していたところに頭突きのクリティカルヒットが入ってしまったわけだ。
「~~~!!!」
ふたりともデコを押さえてうずくまる。あまりの痛みに双方声も出せないほどだ。……ああ、なんだか非常に情けない絵じゃないか、コレ。
「わ……悪い。俺が調子乗っちまったもんだから……」
デコを押さえて呻きつつ謝ると、「ううん」と背中を向けて唸っていたリディアが首を振った。
「わたしこそごめんね。ほんと考えなしで……いたたたた……」
「いやまあその考えなしっつーのがお前のいいところでもあるわけで……」
「ちょっとエッジ、それって褒め言葉になってない――って、……あれ、これ……なに?」
リディアは俺を振り返り、きょとんとした顔で右手を掲げて見せた。細いその手首を、クロスをモチーフにした銀色のブレスレットが飾っている。リディアが手首を振ると、しゃらしゃらと可憐な音をたてて揺れた。
「……わたしのじゃないよね。ひょっとして、……エッジが買ってくれたの?」
「あー……まあ、そうなんだけど」
頬のあたりを掻き掻きそう答えると、リディアは「ええっ!?」と目を丸くした。
「あ、ありがとう!でも……ど、どうして?」
「いやまあその、なんつーか……一種の魔除けみたいなもん、かな」
「……これが、魔除け?」
ますます目を丸くしてリディアはブレスレットを見つめ、首を傾げる。確かにどうやったって魔除けには見えないだろう。そもそもアクセサリーショップで買ったものなのだから。
けれど俺にとっては、確実に魔除けになった物なのだ。もう二度とあんなことが起こらないようにと、そして償いの気持ちもあわせて、すべてが終わった後にそっと華奢な手首に巻いた、ヴァンパイアを退けた小さな小さな銀色のクロス。
たしかに十字架だけどなどとぶつぶつ言って謎を解明しようとしているリディアの頭を、俺は小さく笑って後ろからぽんぽんと叩いた。
「……ま、そう深く考えんなって。じゃあそろそろ戻るか?宿屋にその衣裳返さなきゃなんねえだろ」
「衣裳って……わあ、なにこれ!なにこの格好!」
どうやらヴァンパイアの衣裳を選んだのもリディアの意志ではないらしい。顔を真っ赤にして豪快に開いた胸元とスリットを必死に掻きあわせようとする姿に、腰をあげた俺は吹きだしてしまった。
「今更隠したところで、って話だけど」
「や、やだ!なんでわたしこんな格好してるの!?信じられない!エッジのばかっ!」
「そこは俺のせいじゃねえだろ。っとに、そっから覚えてねえのかよ……。しょうがねえなあ」
漆黒のマントを胸元に、俺の外套を腰にぐるぐると巻きつけてやると、ようやくリディアは静かになった。
いいかこれはお前が自分で選んだハロウィンの仮装なの、そんでお前は花火を見てるうちに寝ちまったの、という嘘ではないが真実でもない話を歩きながら言って聞かせると、リディアは難しい顔になってうーんと唸った。
「そうなのかなあ……全然記憶にないんだけど……」
「ま、あれだろ、逆行性健忘ってやつ。さっきデコ打ったせいで、飛んでっちまったんじゃねえの?」
巷じゃよくある話だよともっともらしくしみじみ語ると、そうなのかなあと首をひねりつつもリディアは納得してくれたようだった。
まさか自分がブラッディ・バッドの咬傷から感染してヴァンパイア・レディになってしまっていたなどとは夢にも思うまい。そんなことは知らない方がいいのだ。まあ俺にとっても、知られたくない事実が満載だが。
あの時、確実に理性はぶっ飛んでいたが、それでもこの唇や手のひらはまだ生々しく温もりと感触を覚えている。これはリディアではなくヴァンパイア・レディのものなのだというへ理屈は、所詮詭弁に過ぎない。あれは間違いなくリディアの肉体だった。リディアのためにこんなものすぐに忘れてしまわなければと思うが、一体どうやったら拭い去ることができるのだろう。
「……首がもげるほど滝にでも打たれてみるかな」
ぼそりと呟いた俺の一言を聞きとめる者は誰もいない。
もうすでに夜も更けて、帰り道はすっかり閑散としてしまっていた。仕舞い忘れたハロウィンのカボチャだけが夜道をぼんやりと照らしているばかりだ。そよそよと吹く夜風と虫の音が、罪悪感の残る耳に肌に心地よい。
足元に転がった石をヒールのつま先でこつんと蹴飛ばして、リディアが言った。
「それにしても、エッジは本当に仮装しなかったんだねえ。せっかくだし、何か着ればよかったのに」
「んー、俺か?俺は……そうだなあ」
夜空に浮かぶ二つの月を見上げて、ぽつりと呟く。
「……あやうく狼男になりかけたから、当分はこれで十分だな」
「狼男……?」
なんのこと?とリディアはもう一度首を傾げて訊ねる。まっすぐな眼差しが眩しくて、俺はちょっとばかり視線を外してから、その頭に手を伸ばして微笑んだ。
「何でもない。やっぱお前は、今のまんまがいいな」
「ねえ、それって、褒めてる?」
途端に疑り深そうな顔になったリディアに、俺は爽やか笑顔で頷いた。
「おう、褒めてる褒めてる。――お子様なお前が、一番だって!」
「……なによそれ、ひっどーい!!」
かみついてやるんだから!とリディアが歯を剥いたので一瞬ぎょっとしたが、もうすでにそこに八重歯は見つからなかったのでほっとした。ふざけて逃げ出す俺を、リディアが笑いながら追いかける。ああ、やっぱりリディアはリディアのままでいい。とんでもなく鈍感でちょっと大変だが、それでも誰より純粋でまっすぐな、リディアが何よりも愛おしい。
はしゃぐふたつの笑い声が、祭りの終わった街に響いてゆく。
すべてを見ていた二つの白い月は何も言わず、今日も静かに俺たちを照らしていた。




<END>

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プロフィール

みずたま

Author:みずたま
1980年代生まれ。
aiko、spitz、ケーキ、お買いもの、野球(中日!!)、そしてFF4のエッジとリディアをこよなく愛しています☆
7歳と4歳の娘に振り回される日々を過ごしていますー。

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