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恋文

2014.06.22 00:04|FF4 中編③
エンディング後のお話です。
一応ブログ4周年記念SSです。
皆さまいつもありがとうございます!




恋文




夏日にきらめく一筋の汗が、白い首筋を伝い落ちたのが見えた。
こめかみに浮かんでいた汗もきれいな曲線を描いて細い顎に至ると、後を追ってまたぽとりと地面に吸い込まれてゆく。なんだかその様は、時折俺に見せるせつない涙のようだった。
すると思いがけず、ちら、とその目がこちらを向いた。俺を見てぱちぱちと大きく二度まばたきをすると、手首で汗をぬぐいながら小首を傾げる。
「どうかしたの、エッジ。わたしの顔に、なんかついてる?」
まさか「うっかりお前の汗にまで見惚れてました」なんて激白できるはずがない。もうさすがに大戦の頃のように変態扱いされることはないだろうが、それでもドン引きされるくらいが関の山である。
俺はごく自然に爽やかな笑顔を貼りつかせると、「いんや」とかぶりを振った。
「別になんでもねえよ。――ほらここ、泥、ついてる」
先ほど手で拭った拍子に、頬に土がついてしまっていた。真っ黒になってしまった手袋を外し、白い肌に手を伸ばして泥を払うと、リディアはくすぐったそうな顔を見せた。
「ありがと。あともうちょっとで全部終わるから、そしたら冷たいお茶でも飲もうね」
「うす」
頷いてリディアの麦わら帽子をぽんと叩くと、また嬉しそうに笑う。俺も汗をぬぐうと、再び作業に取り掛かった。せっせせっせと、さきほどリディアが豪快にばらまいたコスモスの種の上に、柔らかな土をかぶせてゆく。そんな俺たちの頭上では、夏にしては優しげな顔をした太陽が、それでもさんさんと輝いていた。
今日は2か月ぶりの訪問だった。朝イチでエブラーナから飛空艇を文字通りかっ飛ばしてきた俺の前に、愛しいこの想い人は、麦わら帽子に長靴というある意味この上ない勝負服を着込んで現れた。
なぜに、と心の中だけで思いっきり眉を寄せた俺に、リディアはにっこり笑いかけると言ったのだった。
『今日は一緒に、土いじりしようよ!』――と。
どうやらこの日のためにジャガイモの種イモやらキャベツの苗やらニンジンやコスモスの種を買い込んでいたらしい。太陽なんかよりもうんときらっきらした笑顔ではしゃぐリディアを前に、俺にはnoということなど出来はしなかった。
まあそんなこんなで、あらかじめリディアが作っていたらしいへなちょこな畝を俺が再び盛り直し、今日の土いじりデート(と思っているのは俺だけに違いないが)が始まったと、そういうわけである。
確かに当初のテンションがだだ下がりだったことは否めないが、それでもやり始めてしまえば野良仕事の真似事もなかなか楽しいものだ。山育ちのくせにミミズが苦手だと告白したリディアにちょいとお決まりの嫌がらせをしてみたり、本気で怒ったリディアがフレアを発動しかけて肝をつぶしたり、意外と農作業に詳しかったりする俺に驚くリディアの顔がまた可愛かったりと、こんなに笑ったのは2か月ぶりだった。難しいことは何も考えずに体を動かして汗をかくというのも本当に久々で、それもよかった。それになにより、リディアと一緒に何かを育てるのは初めてのことだったので、なんだかとても心が弾んだ。
そうこうするうちにすべてのコスモスの種を埋め終わり、如雨露で水をまいてしまうと、時計の針は15時を回っていた。
「――それじゃあ、おやつにしよっか」
そう笑ったリディアの頬がほんのり上気していたのは、きっと日焼けのせいなんだろう。







リディアがおやつに用意してくれたスイカは、俺が食べた中では今季一番の甘さだった。近所の村人にもらったものを、裏の井戸水で冷やしてくれていたらしい。俺が手土産に持参した水まんじゅうともよく合った。うまいうまいとスイカを頬張る俺と、美味しい美味しいと水まんじゅうに手を伸ばすリディア。ふたり顔を見合わせ、思わず笑い合ってしまった。
「ごちそうさん、マジで腹いっぱい」
そう言ってソファに背中を預ける俺の前には、スイカの皮が山積みだ。あまりのうまさに、結局スイカ一玉をほぼ一人で食べてしまっていた。たしかにいくぶん小玉ではあったが、それでも俺の中でのスイカ記録を更新だ。
「すごいねえ。エッジ、こんなにスイカ好きだったんだねえ」
「うーん……まあ確かに好物ではあるけど、それ以上に美味かったからな。ありがとな」
「喜んでもらえて良かった」
軽く微笑むと、リディアは皿を片付け始める。手伝おうと腰を浮かせると、「エッジは座ってゆっくりして」と言われてしまった。
「土いじり頑張ってくれたもん、疲れちゃったでしょ。ちょっと休憩してて?」
肩越しにそう笑いかけられ、思わずぽわんとなって返事を忘れてしまった俺だったが、特にリディアは気に留めることもなくキッチンへ戻ってゆく。いつもと違って髪を横結びにしているせいか、後姿がやけに女っぽかった。
開け放った窓から、家じゅうを涼やかな風が吹きぬけてゆく。木漏れ日のような淡く優しいひかりがリビングに揺れている。ミストのこの家は、本当に居心地が良い。
ひとりでぼんやりしていると眠り込んでしまいそうだったので、「なあ、リディア」とキッチンに立つすんなりした背中に声を掛けてみた。
「ミストで取れるスイカって、みんなあんなに美味いの?」
「えっと……確かに全体的に美味しいけど、特に今日のスイカは特別なんじゃないかなあ。きっと作ってくれたひとが上手なんだろうね。あ、もう一玉あるから、お土産に持って帰ってね」
「いいのかよ。せっかくお前がもらったのに」
「だってわたし一人じゃ食べきれないもん」
そう言って笑う背中に、ちょっとだけ安心する。そうか、こいつと一緒にスイカを食べるような奴は、とりあえず今のところは俺だけらしいぞと。
洗い物を終えたらしいリディアはお茶のお代わりをテーブルに置くと、俺のはすむかいの一人掛けソファに腰を下ろした。
「今日一緒に植えたジャガイモとかキャベツやニンジンもね、上手にできたら、また半分こしようね」
「ん、豊作になるといいな」
「なるから大丈夫だよ。ちゃーんとお世話するもの」
澄ましてアイスティーを飲む横顔に思わず吹き出してしまった。
「マジで?あんなにミミズが苦手なのに?」
「うっ。そ、そこは――」
言葉に詰まった挙句、「善処します」としぼりだしたリディアにますます笑ってしまう。案の定、「そんなに笑わなくてもいいじゃないのよぅ」とふくれっ面になってしまった。悪い悪いといつもの様に謝ると、唇をとがらせたままテーブルにグラスを置き、ぽつりと言った。
「あーあ、エッジが一緒に居てくれれば、何にも困らないのになあ」
――これにはさすがに、笑顔がひっこんだ。
おそらく真顔で凍ってしまっている俺に気づくこともなく、当の本人は菓子皿に盛られたクッキーを物色中だ。その横顔には、どこにも、なにひとつだって焦った様子は無い。だからきっと本当に他意のない発言なんだろう。俺が居れば苦手なミミズだってどこかに逃がしてくれるから、だから一緒に居れば困らないのになあと、ただ単にそういうことなんだろうけれど。
……それでもどうしても、そこに希望のひとかけらでもいいから見つけ出したくって、つい言ってしまった。
「――お前さえいいんなら、俺はずっと一緒にいられるけど」
俺の言葉に、クッキーをつまんでいたリディアが、ゆっくりとこちらを向いた。そして思いがけず真剣な顔をしていた俺に、何度か瞬きを繰り返した。「え」の形で固まっていた桃色のくちびるが何かを言いかける前に、素早く先回りをする。
「本気になりゃ、国のことなんかどうにでもなる」
思い切った俺の一言に、リディアの目が大きく広がる。そしてまた目を瞬いた。つまり動揺しているに違いなかった。うろたえたりすると途端にまばたきの回数が増えることくらい、とっくの昔に承知していた。
息が詰まる様なふたりの間を、ミストの夏風が吹きぬけてゆく。そして次第に困ったような顔になってゆくリディアの前髪を、小さく揺らした。
この沈黙を破ったのはリディアの方だった。
「……そんなこと、言っちゃだめだよ」
爺やさんやみんなが悲しむよと、小さな声で言い添える。困るよりも悲しそうなその声に、そんなもん知るかと反駁することはできなかった。国の連中が悲しもうが知ったこっちゃねえ、何でもいいから俺はお前が欲しいんだよなんて、浅はかで汚れた俺の本音を今ここでぶちまけられるはずなんてない。リディアに幻滅なんてされたら、比喩ではなく本当に俺の全ては息絶えてしまう。
だから、こう答えるしかなかった。
「――そうだな」
そして軽く笑顔を添えてやれば完璧だ。
「この村があんまり居心地がいいんで、ちょっと言ってみたくなっちまった。悪いな」
するとここでようやくリディアも笑顔になってくれた。
「そう言ってもらえるとわたしも嬉しい。また、遊びに来てね。待ってるから」
「おう、約束する」
笑って頷いて、少しだけぬるくなってしまったアイスティーを、色んなものと一緒に飲み下す。窓辺に揺れるレースの向こうに目をやると、少しずつ陽の色が夕方に近づいてきていた。
「……今日蒔いたコスモスの花は、見に来れる?」
首を傾げてリディアが訊ねる。俺は窓の向こうに目を遣ったまま、どうかなあと答えた。
「正直、秋は祭りとかあって色々立て込むからな……」
「――そっか」
少しだけ、しゅんとした声。一体どういうつもりでそんな声を出しているのだろう。ただ単に旧友と会えないのが寂しいだけなんだろうか。そこにそれ以上のものを期待してしまったら、いけないのだろうか。けれどそう問い質す勇気なんて、思い切って踏み込んで行く勇気なんて、俺はまだ持ち合わせていない。ただリディアが感じている以上の寂しさを押し殺すだけで今は精一杯だ。
何かと行事の多い秋に会えないだろうと言うのは、前々から分かっていたことだった。そして冬になればこのミストは雪に閉ざされてしまい、また会うことは叶わなくなる。つまり再びリディアに会えるのは、半年以上先の、来年の春になってしまうに違いなかった。
俺は窓の向こうの穏やかな景色から、ゆっくりと視線をリディアに戻した。何かを考え込むようなその横顔に思う。このままリディアを連れ帰ってしまえたなら、どんなにいいだろう――。
するとリディアが目を上げて、少しだけ寂しそうに笑った。
「また手紙書くね。それでこのコスモスも、押し花にして送るから」
その言葉には自然と目元が柔らかくなった。
「おう、楽しみにしてる」
一緒に植えたコスモスをリディアが毎日世話をし、きれいに咲いた花をリディアが摘み、丁寧に押し花にしてくれるのだと思うと、少しだけ心が温かくなる。アイスティーを飲み干す俺に、リディアはそうだと思いついたように訊ねてきた。
「そう言えば、エッジってコスモスの花言葉、知ってる?」
「いや、知らね。つーかさ、俺が花言葉網羅してるような乙女に見える?」
「たしかに見えない」
ひとしきり笑った後、リディアは答えを教えてくれた。
それは「乙女のまごころ」なのだという。
なるほどあの可憐な花にはぴったりだ。へえ、と俺は片眉をあげて見せた。
「乙女のまごころを添えて、手紙をくれるってか。サンキュな」
「そ……そういうわけじゃ」
もう乙女なんていう年じゃないんだしなどと的外れなことを言いながらもじもじするリディアに、目を細める。自分からコスモスの花言葉を持ち出してきたのだ、こう言いながらも多少はそんなつもりがあったに違いない。
――乙女のまごころ、か。
汗をかいたグラスを置き、わずかにため息をもらす。
それ以上のものを込めてほしいなんて言ったら、きっと罰が当たるんだろうな。
自嘲気味に歪んだ口元を見ていたのだろう。不思議そうにリディアが小首を傾げた。
「……どうかした?」
「あ、いや、何でも。――それにしてもお前、花言葉なんて知ってんのな。意外と乙女らしいところあるじゃん」
「意外と、って何よぅ」
頬を膨らませて軽く睨むリディアだったが、なんだか落ち着かないのか、空になったグラスをいそいそとトレイに載せはじめる。
「でも……そうは言っても、すごく詳しいわけじゃないけどね。お花の種を買ったりするとお店の人が教えてくれたりするから、そんな程度だよ」
「ふーん、なるほどな。ウチだと、意外にじいが詳しかったりするんだぜ。じいは乙女じゃねえけど、園芸好きだからな……」
頬杖をついて、なんとなくあのしわくちゃの顔を思い浮かべる。幼いころは散歩などに出かけた先で、こういった野の花にもひとつひとつ花言葉があるのですよなんて訓示を垂れていたっけ。あいにくと俺の頭の中には何ひとつ残っちゃいないが。
それにしても何で花言葉なんてあるんだろうな、覚えておくと便利なことでもあるんだろうか――そんな話題を振ろうとしてリディアを見、そして俺はわずかに眉を寄せた。
リディアは手元のグラス類を見つめて、やけに難しい顔をしていた。なにやらじっと考え込んでいる様子だった。怪訝そうな俺に気づく素振りなど、まったくない。
「――リディア?」
ためしに読んでみた俺の声に、はっとリディアは我に返ったようだった。顔を上げると、急いで2,3度大きなエメラルドの目を瞬く。そして俺の表情を見て、えへへというように笑って見せた。
「ご、ごめん。ちょっと驚いちゃったの。じいやさんも花言葉に詳しいなんて、なんだか意外だったから」
それじゃこれ片付けちゃうねと、グラス類を載せたトレイを手にして立ち上がり、キッチンへ向かった。その様子は、「そそくさと」というリディアには似つかわしくない表現がぴったりだった。まるで俺の追求から急いで逃れるような――。
……いったい、どうしたというのだろう。
リディアの言葉通り、「ちょっと驚いちゃった」だけのようにはとても見えなかった。眉根を寄せ、あれは何かを真剣に考えていた横顔だった。
家老のハクがやけに花言葉に詳しいとかいう先ほどの俺の発言がきっかけとなったのだろうか。けれどさてはてどの部分がリディアをあんな顔にさせてしまったのか皆目見当もつかない。まさかリディアがじいと親交が深いはずもないし。
「……まあ、いいか」
呟くと軽くため息をついた。ここであれこれ俺が考えをめぐらせたところで正答に辿りつけるはずもないし、リディアもそれを拒んでいるようだった。それならばあれこれ追求しないほうが、まあ色んな意味で俺の身のためなんだろう。
外見こそさほど変わりはないけれど、もうリディアは、ともに旅をしたころのような「お子様」ではないのだ。離れた土地で、違う時間を過ごしている方が遥かに長い。今やリディアは様々なことを考え、決断し、ひとりで生きていかれるしっかりした大人の女性に成長しつつある。だから俺の預かり知らぬ案件で頭を悩ませることだって、これからどんどん増えていくに違いない。
それなのにすべての空白を埋めたいなんていうどうでもいい俺の独りよがりをリディアに押し付けるわけにはいかないということくらい、分かっていた。
俺はソファから立ち上がると、背もたれにかけていた薄手のマントを手早く羽織った。そろそろいつものお別れの時間が迫ってきている。
「――そんじゃ、そろそろ」
お決まりの文句をリディアの背中にかけると、「あ、うん、ちょっと待ってて」と慌てた様子で勝手口から出て行った。どうやら本当にスイカをお土産にくれるらしい。可愛い奴だなと、思わず笑ってしまった。それだけでずしりと重かった心がそふわりと軽くなるのだから、恋ってやつは本当に不思議で気まぐれだ。
しばらくすると明らかにスイカが入っていると思われる大きな袋と、そして小さな紙袋を携えてリディアが戻ってきた。はいこれ、とまずは大きな袋から渡される。中をのぞいてみると案の定縞々の球体が入っていた。
「マジでくれるんだ?」
なんかお前って田舎のばあちゃんみたいだなと笑うと、たちまちぷぅっとすべすべの頬が膨らんだ。
「何よぅ、お子様扱いの次はおばあちゃん扱いするのー?言っとくけどわたしがおばあちゃんだったら、エッジなんてねえ」
「あーはいはい、俺こそ立派なじいさんですよ。ま、とにかく、ありがとな。城の連中とありがたく頂くわ。一瞬で無くなっちまいそうだけど」
俺の軽口に合わせ、少なくてごめんねえとリディアも笑う。そしてもう一つ手に持っていた紙袋も俺の方に差しだしてきた。
「あと、これも」
「へ……こいつも?」
そうよとリディアが頷く。首をかしげつつも受け取ってみると頼りないくらいに軽かった。不審に思って中を覗いてみると、
「……球根?」
やけに軽いはずだ。紙袋の中には、ちんまりとした球根がたったひとつだけ入れられていた。
……いったい、何の球根だと言うのだろう。
眉を寄せてあれこれ検分してみる俺に、「これは秋になったら植えてね」とリディアが言った。
「植木鉢でもなんでもいいけど、ちゃんと育ててくれたら、春にお花が咲くから」
「ふーん……そんならこれって、チューリップか何かの球根?」
かろうじて知っている花の名を挙げ訊ねてみる。しかしリディアは、にっこりと笑って答えた。
「それは、ヒミツ」
「ひ――秘密?」
思わぬところで焦らされて、俺は思いっきりしかめ面をしてみせた。さっぱりリディアの意図が読めなかった。だって、いったい何だってそんなことを秘密にする必要があるというんだ?
けれどそんな俺とは対照的に、リディアは相変わらずにこにこしている。
「だってその方が面白いでしょ?」
「まあ……確かにそれは一理あるかもしれねえけど。でも俺って花にはてんで疎くできてるだろ。たとえ咲いても、何て名前の花か分かんねえと思うんだよな」
「そうかもねえ。でも大丈夫だよ、じいやさんならきっとご存知のお花だから。それにたとえ名前が分かんなくても、きれいだなあ、良い匂いだなあって楽しめると思うし、ね」
「あ、そう……」
どういうわけか、なんとしても球根の正体を明かすつもりはないらしい。俺は引き下がると、謎の球根を懐に仕舞った。まあしかしこれから当分会えない間、リディアのくれたこの球根が多少の慰めになってくれるにちがいない。春に咲いた花の答えあわせを楽しみに、これから迎える冷たい季節をどうにか越してやろう。毎日水をやるたびにリディアの顔を思いだし、余計に辛くなってしまう可能性もあるけれど。
「わたしはジャガイモとかをちゃんと育てるから。そしたら来年の春に、今度は一緒に芋ほりしようね」
「おう、そうだな。だって優秀なミミズハンターの俺がいないと、お前は困るもんな?」
そう言いイヒヒと笑う俺だったが、すぐにしまったと後悔した。それはほんの一瞬だけだったが、さっとリディアの顔色が変わったからだ。眉と頬が強張り、ぐっと強く唇を引き結んだからだ。――それは明らかに、ざっくり傷ついた顔だった。
素早くフォローに回ろうとした俺から表情を隠すように、リディアはすっと目を逸らす。とがらせた唇が早口に小さく呟いた。そんな理由のわけないじゃない、と。まるで独り言のように。
何と言ったらいいのか分からず立ち尽くすばかりの俺の前を通り抜け、リディアはがちゃりと玄関を開ける。すでに外の世界は、やわらかなオレンジの光で包まれていた。吹き込んだ風が、リディアのリネンのスカートのすそを揺らした。
「……リディア」
俺が名を呼ぶと、怒っていた肩がぴくりと動いた。やがて背を向けたまま緩く拳を握ると、ふぅと大きく息をついたようだった。
そして夕焼けのなかで肩越しに俺を振り返ったリディアは、もういつものようにふわりと笑っていた。
「ねえ、すっかり夕方になっちゃってるね」
「あ――ああ」
ぎこちなく頷くと、狐につままれたような気分のまま、俺はリディアの家を後にした。当たり障りのない会話をしながら、細い畦道を、ふたり並んでぶらぶらと歩いてゆく。うっかり手が触れてしまいそうで決して触れ合わない、互いの意識が張りめぐらされた微妙なこの距離感を保ちながら。
――そんな理由のわけないじゃない、か。
意味ありげなその言葉に、それじゃあ一体どういう理由なんだと思うけれど、リディアからその話題を持ち出すことはなかった。どうしてあんなに傷ついた顔をしたのか。どうして俺に謝ることを許さなかったのか。……そこから導き出される答えは、たったひとつしかありえないように思うけれど。
「……んな結論、バイアスかかりまくりだろが」
あまりに自分に都合のよすぎるその答えに、俺は自嘲気味に笑うことしかできなかった。









気づけば慌ただしい秋が過ぎ去り、このエブラーナにも厳しい冬が訪れていた。
リディアからは、2度ほど便りが届いていた。
1通目にはコスモスの押し花で作った栞が同封され、そして先日届いたばかりの2通目には、自分で作ったと言ってこれまたコスモスの押し花を使った綺麗なコースターが添えられていた。栞は愛用しているが、コースターはうっかり汚してしまうといけないので飾るだけにしてある。すると側近の連中たちは「恋する乙女」だのなんだのとはやし立てたが、まあお約束通り黙殺しておいた。
周りにはそんな連中ばかりだから、毎日手づから水やりを欠かさないこの植木鉢の正体は秘密のままにしてある。いや別に壁を作りたいわけじゃない。これ以上「恋する乙女」要素を自分の中に見出されるのは、さすがに御免こうむりたかっただけだ。
やがて初雪が舞う頃に、ようやく例の球根はちいさな若芽をのぞかせた。その緑色はどこかあの髪色を髣髴とさせて、ある時は心が和み、そしてある時はちくりとこの胸が痛むのだった。
そんなにも愛しいならば思いのたけをぶつけてしまえばいいのにと自分でも分かっているが、離れている間に俺ができたことと言えば、綺麗なクリスマスカードをリディアに送る程度だ。これじゃあ10代のガキんちょ達の恋愛事情の方が遥かにマシだろうなと、自分自身に嘆息を禁じ得ない。大人になればなるほど臆病風に吹かれてしまうというのは、どうやら真実らしかった。それは大人になるにつれ守る物が増えるから仕方ないんだと言われるかもしれないが、もしそうだとしても俺の場合の守る物は自分自身になってしまうわけで、そうなると嘆息をこぼすどころでは済まなかった。
そんな鬱々とした俺のこころとは裏腹に、厳しい冬の寒さにも負けず、芽吹いた若芽はぐんぐんとその背丈を伸ばしていく。その姿は実に頼もしく、気持ちがよかった。一つの球根から何本も茎が伸びてゆき、やがてエイプリルフールを迎えるころには立派な株に育ちあがっていた。


そして、久々に空がきれいに晴れた、ある朝。


すずなりの蕾のうちのひとつが、やさしい春の日差しに誘われ花弁を開いた。
それはエブラーナでは見たことのない花だった。大陸風の一重の真っ赤な花びらが目に鮮やかだ。大きな花芯がどことなく牡丹に似ている気がしないでもないが、細長い茎と大きな葉にその面影はない。
たしかにとても可愛らしい花だけれど。
……ほらみろ、だから分かんねえっつっただろ。
心の中でリディアをなじりつつ、ひとり植木鉢の前で首をひねっていると、ノックとほぼ同時にドアが開き「おはようございます」とハクがやってきた。
「今日は随分と暖かい日でございますね。こんな日は仕事もはかどりますな!」
いや、そんな共感度ゼロのことを言われても。
ハクは抱えていた山盛りの書類を執務机に置くと、ようやく出窓に置かれたこの植木鉢に気づいたらしい。おや、と呟くといそいそと移動してきた。
「ややや、これは見事な花でございますね!今朝方咲いたのですか?」
「おう。まあこれはこれで、桜とはまた違った趣があるよなあ」
窓の外を見下して俺は言った。城内と城下町を淡い桃色の帯がつないでいる。それは凛とした美しさを持つ桜の並木で、今がちょうど見ごろを迎えていた。ハクも桜並木と植木鉢を見比べ、しみじみとうなずいた。
「そうでございますねえ。もちろん桜もようございますが、こちらはさすが大陸の花らしく、エブラーナにはない華やかさがありますねえ」
にっこりと笑うと、ハクは執務机に載せた書類の整理に戻った。これは至急の案件、こちらは後日でも良いもの、などぶつぶつ言いながら次々に小山をこしらえていく。積み上げられたその山々の高さを見るに、今日はそう大して忙しい一日ではないらしい。
俺は忙しそうなハクと目の前の謎の花を見比べると、もう一度目をぱちくりと瞬いてみた。
「……なあ、じい」
「なんでございましょう?」
返事はするがハクは手元の書類に目を落としたままだ。いやさ、と俺は腕組みをすると、随分薄くなったその頭に目をやったまま言葉を続けた。
「この花って――大陸の花なのか?」
するとさすがにハクは手をとめ、きょとんとした顔で俺を見上げた。
「ええ、そうですが……若様はこの花の名をご存知ないのですか?」
どう答えたらいいのか分からず、結局「まぁな」と適当に応じると、今度は怪訝な顔になるハクだった。
「しかしあれは若様が手に入れられた球根でございましょう?」
「あ、いやまあ……そうなんだけど」
実はリディアにもらったやつなんだよ、なんて今更気恥ずかしくて言えるはずがない。少々弱ってこめかみのあたりを掻いていると、幸いハクは追及の手を緩めてくれた。とんとん、と書類の束をまとめながら「そうでございましたか」となぜか少々残念そうな口ぶりである。
「てっきりじいは、若様がこの花の名をご存知とばかり思っておりました。これはまた随分洒落た花をお育てだなあと拝見しておりましたが……」
「ふーん……洒落た花、ね」
思わず鸚鵡返しに呟く俺だ。手元に咲いているのは洒落た花というよりも、綺麗な花や素敵な花という表現の方がしっくりくるように見えるが――。
すると俺の様子を見たハクが小さく笑った。
「いえ若様、洒落ているのはその花の花言葉でございますよ」
「花言葉ぁ?」
しかめ面になる俺にハクは頷くと、俺の前にある花をすっと手で差した。
「まずお花の名前からですが、そちらの花はアネモネでございます。バロンあたりが原産地の花ですね。有名な花ですから、名前だけなら若様もご存知でございましょう?」
確かにその花の名なら聞いたことはある。俺が頷いたのを見て、ハクは先を続けた。
「アネモネは花の色で花言葉が違っているのです。どれも素敵な花言葉でございますが、とりわけそちらの赤のアネモネの花言葉は情熱的でして」
……情熱的な、花言葉?
わずかに生じた動揺を気取られたくなくて、俺はわざとそっけなく応じた。
「なるほど、情熱的ねえ……。で、それって何なんだよ?」
「ええ、それは――」
手元の書類の束を小山の一つに重ねると言った。
「――君を愛す、でございますよ」
その口から飛び出してきた思いがけぬ言葉は、確実に俺の息を一瞬止めた。
――君を、愛す。
この真っ赤な花弁にはぴったりの花言葉だ。なんて情熱的で、まっすぐな言葉なんだろう。俺の育て上げたこの花は、片恋の相手に贈るにふさわしい花だった。愛しいひとに、秘めた思いをそっと届ける花だった。
「……へえ、そうなのか」
精一杯の冷静を装ってみたけれど、そう応じた声はかすれてしまっていた。けれどハクの気には留まらなかったらしい。ええ、とうなずくと少しさみしげに笑う。
「じいはてっきり、手づからお育てになったこのお花をどなたかに差し上げるのかと思っておりましたが……どうも違うようでございますね、残念です」
「……ああ、悪いな」
気のない返事を返しながら、そっと赤色のアネモネに手をかける。そして無意識のうちに喉が鳴っていた。太陽よりも真っ赤な花弁の向こうに、エメラルド色の髪が揺れている。
――なあ、リディア。
俺を惑わせる愛しい瞳に問いかける。
どうしてお前は俺に、この花をくれたんだ……?
冷静になろうとする気持ちとは裏腹に、鼓動はどんどん駆け足になってゆく。そして妄想は止まらない。だってそうだろう。あの時のリディアの真剣な横顔は今でも覚えている。じいが花言葉に詳しいと何気なく言った俺の言葉に、リディアは何かを真剣に考えていたじゃないか。
それはもしかしたら、このアネモネのことなんじゃないのか。
――この赤い花の持つ情熱的な花言葉に、想いを託そうと。
もしそうだとしたら、あの時俺に花の名を教えてくれなかったのも合点が行く。
花の名を教えることは、まるで花に託した自分の思いを自らの手で晒すようで、どうにも気が引けたんじゃないのか。俺の方から、自らの思いに気づいてほしいと――。
そこで俺は立ち止まってちぎれるほどに頭を振った。いやいやいや、考えすぎだ。そんなことあるわけないじゃないか。リディアがこんな俺を好きでいてくれるなんて、そんな都合のよい展開がこの先に用意されているとは到底思えなかった。
そんな理由なわけないじゃないとあのときリディアが口走った言葉だって、何か違う意味に決まっている――。
……けれど。
アネモネに触れていた手を下ろすと、そっと拳をにぎりしめた。
もしも、……もしも万が一、
その可能性があるんだとしたら――。
「……若様?」
俺の行動を見たハクが怪訝な声をだした。執務机の一番上の引き出しから取り出し素早くポケットに滑り込ませた物を見ていたらしく、ぎょっと目を剥く。
「わ、若様!?それは飛空艇の――」
「わり、ちょいと出てくる」
有無を言わせぬ強い声で言うと、出窓のアネモネを取り上げた。
「夕方までには帰る」
「ちょっとどちらへ――若様っ!」
「今日の埋め合わせは必ず明日にやるから」
ひらりと手を振ってそう言い残し俺は執務室を飛び出した。たとえ明日夜なべすることになったとしても、どうしても今すぐに飛んで行きたかった。今はあの顔に、あの声に会いたくて仕方がなかった。
――リディア。
もう迷うことなど、何もない。

北東に船首を向けた飛空艇は滑らかに大空を飛んでゆく。まだ色の濃い春の海を渡り、緑の大地を眼下に見下ろし、峻険な山々の青白い残雪に影を落とす。
臆病風はもう吹いていない。

そして冷え切った空気の向こうに、あの村が見えた。









――そしてあの人はやってきた。
夕焼けよりも赤いあの花をたずさえて。
ドアを開けて驚いたわたしを見て、小さく笑った。
これ、今朝がた咲いたんだ。
だから急いで会いに来たんだ、――と。
けれどそれ以上なにも言ってはくれなかった。
きっとあなたは知ってしまったはずなのに。
つまらないわたしの恋文に、気づいたに違いないのに。
なのにどうして何も言ってくれないの――。
背筋が震えて今すぐにでも逃げ出したいのに、けれどあの人の笑顔に心を奪われて動くことすら叶わない。
息を詰めて、きれいなアメジストの瞳を見つめていた。
ただただ愛しいその笑顔は、くるしいくらいに胸をぎゅっとしめつける。
――ああ、こんなにも。
ため息がそっとこぼれた。
……会いたくて会いたくて、仕方がなかった。
けれどそう言った声は確かにあの人のもので。
そのまま強く腕をひかれて、気づけば温かな胸の中に居た。
今にも鼓動ではちきれそうなわたしの耳元にあの人の息遣いを感じる。
……これは夢じゃ、ない。
そして愛しい声が、呟いたんだ。
わたしがずっと言いたくて、言えなくて。
わたしがずっとずっと聞きたかった、――あの五つの文字を。



……あいして る。



<END>

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プロフィール

みずたま

Author:みずたま
1980年代生まれ。
aiko、spitz、ケーキ、お買いもの、野球(中日!!)、そしてFF4のエッジとリディアをこよなく愛しています☆
7歳と4歳の娘に振り回される日々を過ごしていますー。

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